tere inenggi

研究(満族史・清朝史・東アジア史)や講義(歴史学・東洋史・中国語[漢語]・コンピュータ)等の備忘録

日本大学理工学部(船橋校舎):中国語供1・2・4限)

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写真からもわかるように、習志野は意外に寒かった。

「任意レポート その2」を出す。夏休みに出した「任意レポート」に続くもので、こちらは平常点として処理する。内容はいたって簡単。自分の名前の中国語発音・書き方を調べてくるというもの。おそらくは、中国語気把瓦戮討い訖佑眤燭い隼廚Δ里如△修譴曚俵譴任呂覆い隼廚Αこちらは11月25日(金)が提出最終日。

それから、単位の「お助け船」を出した。理工学部だけではないけれど、2年次以上の単位履修がキツキツの学生には、この講義は第2外国語ということもあり、早めに単位履修をしてもらいたい。ただし、こちらもレベルを下げるわけにはいかないので、年間の得点数(すなわち履修単位として認められるかということ、60点以上のC判定)が50点代後半になる可能性のある学生は、12月9日(金)の授業終了時までに、,泙催佻燭鬚垢襦12月16日(金)に私から登録した学生個人に△修譴召谿曚覆覯歛蠅鮟个垢里如↓2006年1月20日(金)の期末テスト前までに学生は提出するというもの。

総合得点が50点代後半の時には、きちんとこちらの課題をやってくれば「60点(つまり合格ギリギリ)」を付けるが、課題をやってこない学生、提出しない学生はそのまま落第になります。重要なのは、私が12月16日に出す課題が学生個人個人ごとに異なることにある。これは、中間テストで「不得意だった部門」を認識してもらって克服してもらおうというねらいがあることを忘れてはいけない。なので、できるだけ12月16日に出す課題をすれば、その課題を提出してもしなくてもなんとか「期末テストには合格できる」というような問題作成を目指していることを私自身心に刻んでおきたい。逆に、期末テストで(或いは総合点で)60点以上をとった場合には、もちろんそちらの点数が成績となるので、こちらも誤解のないように。今年度の1年生以上はGAPが導入されるので、私としてもできるだけ力になりたい、と思う次第である。私自身が学生の時には、好きな科目ながらどうしても先生或いは先生の教え方と相性がよくなくて、不得意だった科目もあったもので・・・、それを想い出す。出てこなくなった学生さんもいるけれど、すごくもったいない。

もし、学生さんで分からないことがあったら、授業後に聞きにきてもらうか、綿貫(mianguan@hotmail.com)までメール下さい。

HPを更新しました

講義内容(2005年度)、同(2004年度)を作成、研究業績を更新

http://www.geocities.jp/manju1635/

日本大学通信教育部:歴史学B(19)

第3章第10節〜第14節までを講読。

伊達千広『大勢三転考』の残り部分と近代歴史学の<開祖>ランケ、そして因果関係の部分を学習した。特にランケについては、日本とも関わり合いが深い門弟のリースを紹介、『史学雑誌』第5号の話と今週末におこなわれる「史学会」大会にも言及する。一般教養ということもあるけれど、興味のある受講生が学会の雰囲気に親しむことも悪くないのでは、と思う次第である。

前回、任意として出題したレポートの提出者は3名。3名とも、思うところが素直に書かれており、教員として学ぶべき所は少なくない。これからの講義で上手にこれらの成果を利用できるようにしたい。次回からは、第4章に入ります。

ホームページ更新

ゲストブックを併設、研究業績を論文・翻訳部分作成(研究発表は後日)、更新記録をHP内に作成する。

http://www.geocities.jp/manju1635/

雑務整理

授業や内陸アジア史学会大会の準備に追われてできなかった書類などの整理をした。ブースも少し(だけ)片づけた。

その後、某所で打ち合わせ。サラリーマン時代を思い出させる。帰り道は首都高4号線が工事中のため、甲州街道まで渋滞が来ていたので、普段渋谷から帰り道に使っている環七からの抜け道を通行したら、予定よりかなり早くウチについた。久しぶりに狛江セジュールのケーキを食べた。

2005年度内陸アジア史学会大会お手伝い

いよいよ学会当日。加藤直人・松重充浩両先生と打ち合わせて下準備をしたけれど、漏れがないか少々不安。久しぶりにお酒を飲む予定(懇親会)なのでウチから歩いて文理学部へ。結局50分かかった。直接学校まで歩いたのは、朝早かったので、まだバスが出ていなかったこともあるが、ウチ→千歳烏山→桜上水→文理学部のルートと時間的にほとんど差がないから。

昨日の下準備で足らなかった貼り紙を追加作成。百周年記念館会場へ。管理人さんに挨拶をした時には、すでに会場を開けていただいていた。窓が開けてあり、流れてくる空気がとても爽やかで心地よい。天気もとても良くて大会開催にはもってこい。

10時半にお手伝いをお願いした院生の多々良君と山本君は10時には到着。事務局が来たときにはすぐに動けたので、とても満足。ホント、助かります。理事会用の弁当も予定より早く着いてばっちり。

大会中にも、事務局と密に連絡をとりながら開催校として目立たないようにお手伝い。前幹事校であった早稲田大学の方々ともできるだけ意思の疎通をはかりながら・・・というか、教わりながら行動する。途中、いろいろと手間取ってしまい、すみませんでした。

無事に大会も終了し、なによりでした。梅村先生はじめ大会に参加された皆さん、お疲れ様でした。

内陸アジア史学会会場下準備

日本大学文理学部百周年記念館国際会議場が開催会場ということで、開催校としてお手伝いの準備。

朝パワーポイントでプログラムを作成、そして当日のコピーのお願いに史学研究室の副手さんにご挨拶。10:00過ぎに打合せと学会の荷物を受け取りに中央大学梅村坦研究室へ。クルマで中央大学に行くのは始めてだったので、カーナビで設定をするが、ほぼいつものドライブコースだったのは意外でした。

中央大学は学園祭開催中だったけれど、梅村先生が前もって入校手続きをしていたお陰で問題なく11号館まで。事務局の鈴木さん、田村さんを交えて打合せ。

1時過ぎに桜上水に戻る。案内板・コンピュータなどの設定確認・下準備を終えた時には夜の8時になっていた。国際会議場などに貼るトイレ掲示のデザインが管理人さんにウケたらしく、学会終了後にもそのまま残して欲しいという。ちょっぴり嬉しい。しかし、当日の手抜かりがないかちょっと不安。

部屋の掃除

朝から部屋の掃除をしました。久しぶりにコピーの山を分類し、要らないものは処分し、要るものはそれぞれ分類しました。とは言っても、まだまだ道半ばに届かず。

でも、探していた論文・書籍・資料が出てきたり、来年度の講義で有益な書籍が出てきたりと、かなりの収穫あり。それにしても片づかんのう。これ以上、本棚は増やせないし・・・。

HPを作成しました

4年ぶりにHPをつくりました。以前は、個人趣味がメインでしたが、今後は学術研究にシフト替えします。このブログと併用するかたちで、HPには個人のデータや業績記録などを固定ものを設置し、このブログでは学術研究情報など、毎日の情報を更新していきます。URLは以下になります。どうぞよろしくお願い致します。

http://www.geocities.jp/manju1635/(綿貫哲郎の档案庫)

 

ばたばた〜♪

朝6時に広領域に来てJABEEの書類整理。これでもか! これでもか! っていうぐらい情報を詰め込み、完成したのが10時半すぎ。結局700枚以上の分厚い書類になりました。お昼過ぎに駿河台に持っていったら職員さんがちょっと驚いていた。

その脚で水道橋の通信教育部まで、仕事。

広領域に戻り、夕方からの巻物講読会の設営準備。月初めなどの書類の整理が3点。終わったら9時近くになっていました。途中、気晴らしのブースの整理、入らない書類を処分。

「JABEE」と「上海絵葉書」と

日本大学理工学部提出のJABEE書類が手間取り、電話をして明日に延ばしてもらう。「教員データ」の箇所などは、それこそ就職のための書類みたいに「授業で工夫している点」「自分の研究内容の特徴」などをぎっちりと書き込んだ。D論文の準備のためにも、「研究の特徴」は書いていてとても有意義だったと思っている。自分なりのスタンスがちょっとは見えてきたかな?

あわせて、学術フロンティア事業の「上海絵葉書」アップ作業をおこなう。システム管理の小島さんに手ほどきを受けながらアップロード。手元にあるデータのうち、テキストは終了したが、画像は30件(60枚)ほどを取り込む。こちらは、まだ一般公開はしていません。

体調は相変わらずよくなく、フラフラします。でも、きちんと薬を飲みましたよ。

九州国立博物館・長崎歴史文化博物館、日本大学通信教育部『部報』原稿など

つい最近開館したばかりの「九州国立博物館」の特集がNHK日曜美術館で放映されていた。11月3日に開館予定の「長崎歴史文化博物館」ともども、九州がアツイですね。長崎は先日行って博物館の場所の確認だけしてきました、残念。

今日も日曜日ながら広領域にて、昨日の続きでJABEEの書類整理。ひととおり書類を整理したと思ったら、ごっそりと前期授業分の書類が出てきた。ああ、こんなに一所懸命に授業していたのね、と改めて感心する間もなく、書類の並べ替えだけで夕方まで時間を潰してしまう。明日も早く出て行ってまとめあげて提出しないと、期限に間に合わないです。でも、授業内容や学生レポートなどを丁寧にとってあったこと、そのことに我ながら感心してしまう。

夕方からは、日本大学通信教育部から依頼されている某原稿のラフ書き。『部報』に掲載してもらう限りは、ひととおり読んでもらえるように、ベタ原稿にならないように工夫するつもりです。幸いなことに、これまでの先生方が書かれた異分野の原稿もいただいているので、すごく参考になります。小生が通信教育部を卒業して、早7年になろうとしていますが、ここの卒業生として、また受講生に近い立場の教員として、勝手ながら恩返しも込めながら執筆するつもりです。

JABEE(日本技術者教育認定制度)

日本大学理工学部社会交通工学科でJABEE(日本技術者教育認定制度)に申請するために、専任・非常勤を含めて、ゞ軌個人データ、▲轡薀丱后↓9峙措損榮睛董↓だ績表などを提出しなければならず、その準備に追われる。興味深いのは、書類だけではなく、CD-Rに焼き付けたデータも準備しなければならないところ。幸いにも、小生自身の講義ではパワーポイントを使用しており(前期のみだが)、焼き付けるに値するデータがあり、ご期待にそえるのではと楽天的に考える次第。その他のデータも一通り予め作成してあるので、こういう書類を提出するのはそれほど手間取らないのだが、要求された提出物が多すぎて、少々パニック気味。

昨晩、帰宅した時にお願いしていた朝日出版社から中国語の教科書見本が届いていた。カラーも多く廉価でコンパクトな作り。他の版元の教科書も取り寄せてみたいと思う。

午前中は中国東北を調査中のF氏に、急ぎの連絡事項があったため、久しぶりの国際電話を自宅からかける。高くついてよくないが、普段ほとんどメールで済ましてしまうので、安くなると言うプリペイドを準備していないツケがここに出る。

午後には水道橋の通信教育部にリポートの提出。校舎では9月卒業生の卒業式をおこなっていたらしい。おめでとうございます。道ゆく大学生らしきお兄ちゃんたちが、「この時期卒業しても就職ないし、時期的に無意味なんじゃない?」なんて会話していた。「ちっ、ちっ! キミたちはここが『日本大学<通信教育部>』だということを理解してませんね。受講生(学生)の性質とその彼らの目指す目的が分かっていませんね。通常の通学過程の大学とは違うんだよ〜」と一人考えながら、講師室・教材課に向かいました。

疲れているせいか、木曜日あたりから頭痛が止まない。まさか! 知恵熱では・・・

日本大学理工学部(船橋校舎);中国語供1・2・4限)

朝は霧が出ており、幻想的な校園風景でした。あとで聞けば、武蔵野線がこの霧で遅延したらしく、証明書をもった学生がいた。

1限目は、第5課の残り半分。「能neng2」「時刻の表し方」について学習。リポート問題は 嶌E形畩經点起床?Jin1tian1zao3shangji3dian3qi3chuang2?」、◆崘臉甓欖点下課?Zhe4jie2ke4ji3dian3xia4ke4?」でした。

2限目は、第3課の復習と練習問題をやる。「動詞+過guo」「会hui4+動詞」の37頁の練習問題(6問)、第4課の生詞(sheng1ci2)を解説。「麦当労Mai4dang1lao3」や「点菜dian3cai4」、そして「コーヒー」の表記について、中国語の漢字・ピンイン・日本の漢字・英語表記で間違いに陥りやすいことを指摘した。リポートは練習問題を説いてもらった用紙をそのまま提出してもらいました。でも、学生さんが減っていました。このまま諦めるんだろうか。落第しないように「課題」を出すことを知ってもらおうと思ったのに。う〜ん、もったいない。

4限目は、「お金の数え方」、第6課に入る。曜日・時刻・月日の表し方を学ぶ。先々週の数の数え方と混乱しないとよいけれど。「上shang4」「下xia4」が中国語ではよく出てくる表現方法であること(例:「上学shang4xue2」「下学xia4xue2」や「上班shang4ban1」「下班xia4ban1」、「上午shang4wu3」「下午xia4wu3」<いっしょに「中午zhong1wu3」も教える>)を指摘。年の表し方で「二〇〇八年er4ling2ling2ba1nian2」というのがあったので、ついでに「奥運会Ao4yunhui4」も教える。「だいたいこういうのがあやしいんですね、覚えてくださいね」と言ったら、ノート・教科書に書き込む学生がいた。リポート問題は、 Ni的生日幾月幾号?Ni3desheng1ri4ji3yue4ji3hao4?」、◆Ni幾点起床?Ni3ji3dian3qi3chuang2」でした。

それから、理工学部(船橋校舎)での「中国語供廚隆末試験日を発表した。1月20日(金)それぞれの授業時間内でおこないます。リスニングもやりますので、普段から準備しておいてくださいね。こちらもいろいろと単位を落とさないように工夫してます。みなさん、そろって試験にパスしましょうね!

日本大学通信教育部:歴史学B(18)

雨のせいか、受講生の数が少なかった。授業開始の時点では20余名、遅れてきた人を合計しても30名程ではないのか。

教科書第3章第6節〜第9節までを講読(予定は第10節まで)。内藤湖南の新井白石評や伊達千広『大勢三転考』の「歴史区分」に言及していた。新井白石や慈円のものと異なり、今から見ても伊達千広の分類方法は新鮮に感じる。また、「近代エジプトの建設と歴史家」としてタフターウィー『エジプトの情報における偉大な成功とイスマーイール族の結合の光』の「時代区分」を概観して、近代でのエジプトの「国家形成」をたどった。これは、現在のトルコのEU加盟問題を考える上で、先例として極めて有益であると考える。

来週は「文化の日」なのでお休み。今日講義に参加した受講生には、ボーナスポイント用として「任意のレポート」を科しておいた。教科書を読んでいく上で、非常に有益な資料館・博物館・史跡をいくつかあげ、時間の許す人は行ってきて実際に目にしてほしいと言っておいたけれど、果たしてどれだけの受講生が行ってくれることやら。

日本大学文理学部広領域情報学研究センターほか

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未だに日曜日の疲れがとれないのはトシのせいだろうか?

午前中は書類整理。午後は通信教育部の高綱先生の研究室へお仕事にて出向く。先生は私の恩師の一人である。途中、通信教育部生の「卒論指導」が入る。先生は、通信教育部の「日本史以外」の個別指導をされており、東洋史だけではなく、西洋史の御指導もされていた。通信教育部では最終的に専門指導まであり、その際には、もし相応しい先生がいれば指導をお願いすることもあるらしいが、それ以外は自ら御指導されている。頭では分かっていることながらも、専門分野以外の事を広く知る必要を改めて感じ入った次第である。

写真は、最初の留学時代から愛用している「茶杯cha2bei1」。かれこれ10年以上になるけれど、とてもお気に入り。現在は、広領域の机の上においてある。

2005年度内陸アジア史学会大会

大会

  • 日時:2005年11月5日(土)午後1時より
  • 場所:日本大学文理学部 百周年記念館 国際会議場(東京都世田谷区桜上水4-2-50)
  • 研究発表(午後1時より午後2時40分まで)
    • カシュガル・ホージャ家アーファーク統の活動に関する一考察 ―聖者伝に見るホージャ・ハサンの生涯と活動― …… 日本学術振興会特別研究員 河原 弥生 氏
    • 遼朝における科挙の開始をめぐって …… 早稲田大学非常勤講師 高井 康典行 氏
  • 公開講演(午後3時より午後5時まで)
    • 清代モンゴルの裁判文書書式とその起源 …… 神戸大学 萩原 守 氏
    • 清朝の資料と史跡をもとめて …… 日本大学 加藤 直人 氏

総会

  • 時間:午後5時より午後5時30分まで
  • 場所:大会会場に同じ

懇親会

  • 時間:午後5時30分より午後7時30分まで
  • 場所:日本大学文理学部 食堂「チェリー」
  • 会費:4,000円

 

*詳しくはコチラ

日本大学通信教育部:東洋史特講機塀期東京スクーリング)

いよいよ最終日! 天気がすこぶる良く、教室だけで授業するのはもったいない〜。

第11講は「正徳新例と清朝の対応」。『康熙起居注』を使った内容で、信牌問題とそれをめぐる清朝、特に康煕帝の動きを追ったもの。問題発生より15年も前に康煕帝自ら日本に密偵を派遣して仕入れていた情報が、信牌問題発生時に、康煕帝の威厳からではなく、きちんとした材料・判断に基づいたことに言及。それが「起居注」に記されていたという重要性、そして密偵が康煕帝の家人(booi niyalma)であったことを概説した。

第12講は「日本の文明開化と可否茶館」。鄭成功の実弟・田川次郎左衛門(のちに七左衛門)の子孫が唐通事となり、鄭幹輔に至って家名をあげたことを指摘。長崎崇福寺(そうふくじ)三門(竜宮門)の発願主の一人であったこと、同寺に鄭氏累代の墓があることを、現地での写真を交えて解説した。幹輔が若い時に吉田松陰と交流があったこと、その際に幕府に英語とともに満洲語を学習するよう命令されていたことなどに言及、さらに後年「遺徳碑」を立てた人物の一人に、川島浪速がいたことを概観した。また現在の東京外国語大学中国語学科の前身の教員のほとんどが唐通事であったことなどを紹介した。第2節では鄭永慶が日本で初めてのカフェを創った話をした。当時の番地と現在の番地を比較し、小生がこれまた日本で初めて場所を特定したことなどを、現地の写真を紹介しながら、「皆さんが最初に知った受講生ですよ〜」などと鼻息を荒くしながら説明。最後は、一区画南側にずらした場所の全く同じ場所に「珈琲館」がありました、というオチで締めくくり、あえなく撃沈。

天気もよいことなので、昼休みを長めにとりました。午前中の最後に学校周辺から神保町の地図を渡し、講義で紹介した「周恩来ここに学ぶ」碑と、当日日曜日でも空いている中国関係専門書店の東方書店・内山書店を加えた地図を配付して、時間の許す受講生には是非とも行ってもらいたいと付け加えました。何人かは実際にまわったようで、とっても嬉しかったです。

午後は、学校側の「アンケート」及び自習時間。15:30〜16:30までテストでした。すでに問題は提示しており、みなさん安心してテストに臨まれたことと思います。テストには「感想」を書いてもらう欄も設けましたが、それぞれ書かれた感想には大変感謝しております。良かった面、悪かった面など通信教育部での講義は平均年齢も高く、仕事と並立している受講生が多いこともあって、一筋縄ではいかないことを身をもって実感しました。受講生のみなさん、お疲れ様でした。

日本大学通信教育部:東洋史特講機塀期東京スクーリング)

集中講義の3日目となりました。

第8講は「鄭成功父子とその世界」。『大曲記』から、まずは王直時代の平戸の繁栄ぶりを想像してもらいました。そして、媽祖信仰の社会的な現象と東アジア世界との関係を「はじめに」で紹介。安平商人の流れではあるけれど、鄭芝龍の履歴として、マカオでの洗礼、台湾でオランダ商館の通訳をしていたことなどに言及した。二度の平戸調査の写真をフルに使用して、鄭成功を身近に感じてもらい、長崎の糸割符制度を鄭成功が最大限に利用した話をする。

第9講は「東アジアにおける長崎」。「鎖国」体制を簡単に概観してから、出島と唐人屋敷の共通点・相違点に言及。そして唐船の種類・唐通事の役割に言及。最後に通訳=通事(通詞)について説明をする。平戸時代の多「民族」雑居と共通語、またオランダ通詞を幕府の視点からどのような装置であったのか説明し、唐通事との違いについて概説した。

第10講は「近世日本と『混血』問題」。きわめて敏感な問題ながらも、せっかくシラバスに「日中混血児と言われる鄭成功は・・・」と書いたので取り上げることとした。江戸幕府が「鎖国」体制を完成させるため、混血児=「境界人」の排除、丸山遊女と出島・唐人屋敷の単身赴任の男たちについて紹介。丸山遊郭跡に残っていた説明版も見せ、併せて朝鮮「倭館」と比較した。「倭館」では一切の日本人男性と朝鮮人女性との接触が禁止されていたこと、逆に日本では「遊女を『国家』が世話したこと」の違いを知ってもらう。あとで知ったことながら、受講生の平均年齢が30代中頃であったためか、受講生に混乱はなかったようである。ついでに「花月」の卓袱料理の弁当、それから「坂本龍馬が付けたといわれる刀傷」の写真も紹介する。

恥ずかしいことに、最後の10分位で一時声がでなくなってしまいました。3度ほど、講義している最中に口だけ動きながら「音」が出なくて・・・。商売道具なので言い訳しませんが、大変失礼致しました。その後、きちんと「(ビールで)アルコール消毒」をしておきましたので。

日本大学理工学部(船橋校舎):中国語供1・2・4限)

朝は船橋が清々しい。

1限は、第4課の練習問題と第5課の半分。難しかったのは「我把yao4shi忘在房間里Wo3ba3yao4shiwang4zai4fang2jian1li」のところ。「”把”字句」は文法で説明されていないので、構文だけを覚えてもらうこととした。また「我哥哥Wo3ge1ge」や「我妹妹Wo3mei4mei」などには「的de」が不要であることに言及した。また「接電話jie1dian4hua4」と併せて「我去機場接ni3Wo3qu4ji1chang3jie1ni3」も覚えてもらう。「レポート」は、〇笋侶擦和膤慇犬任后↓空港で両替をする、A漢蛎臂翩廖文渋綸日本語ですが・・・。「没問題Mei2wen4ti2」「完全可以Wan2quan2ke3yi3」の2つから選ぶ)でした。

2限は、第3課の続き。「従cong2」「往wang3」「到dao4」や「動詞+過guo」「聴不憧ting1budong3←→聴得憧ting1dedong3」「看不憧kan4budong3←→看得憧kan4dedong3」などを学ぶ。また、ついでに「看課本kan4ke4wen2」に併せて「念課本nian4ke4wen2」も覚えてもらう。1限でも使った「接電話jie1dian4hua4」も教える。「レポート」は、“爐魯▲瓮螢で4年間中国語を学んだことがある、∋笋脇邯で待つと言ったじゃない!でした。

4限は、第1課〜第4課までの本文の発音練習。それから、40〜41頁の練習問題の1〜4までを学生にやらせる。小生が独自に作成したレポート用紙が「その力」を発揮することとなった。前に出て回答してもらい、一回ごとに印鑑を押すというもの。名づけて「スタンプラリー」或いは「ポイントレース」。本人は大まじめです。1回の授業で3回しか印鑑を押せなくしてあるけれど、手を上げて回答する学生とそうでない学生に温度差があったように感じる。今回答えなかった学生さんは、今度参加してね。「レポート」は、やってもらった解答用紙として提出してもらいました。

さて、明日・明後日と通信教育部の集中講義3日目・4日目です。内容は決めたけれど、資料が間に合うかどうか・・・。

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管理人プロフィール

出身地:群馬県前橋市

履歴:高校卒業後,日中学院より中国に3年間留学。印刷関連会社勤務を経て,日本大学通信教育部(史学専攻)から日本大学大学院文学研究科史学専攻(博士前期課程)へ。日本大学大学院文学研究科東洋史学専攻(博士後期課程)満期退学。博士(文学)

現職:非常勤講師ほか

専攻:清朝史・満族史・東北アジア民族史・東アジア史及び満洲語文書資料。

タイトルの“tere inenggi”とは満洲語で“その日”という意味です。

現在,歴史学・東洋史・中国語(漢語)・コンピュータ情報リテラシー等の講師をしてます。講義では,できるだけ多様な視座を提供したいと模索中です。

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