遼陽駅2002年10月31日早朝,劉小萌(中国社会科学院近代史研究所)とともに瀋陽から遼陽にやってきた。

遼陽は現在,地方の一都市に過ぎないが,本来は東北アジアの中心地のひとつであり,中国内地・朝鮮半島・内陸アジア・東北アジアからの人々が交錯していた。

かつての繁栄の名残こそ全くないが,かなり大きな都市だったことは丸一日滞在したことで,身をもって感じた。

東京城さて,まずは東京城跡に向かった。1622年(天命7),ヌルハチは東京城に遷都した。1625年に瀋陽に遷るまでの約3年間,国都が置かれた。

現在,遺構はほとんど失われているが,南門である天佑門が修復され残されている。細谷良夫編『中国東北部における清朝の史跡−1986〜1990年−』によれば,1986・87両年にここを調査した細谷良夫先生(東北学院大学)によれば,門の上部は崩れたまま,門額は当時遼陽博物館に保管されたとあり,城楼は存在しなかったことがわかる。

城門内部に資料館があり見学した。昔の写真(のコピー)がたくさんあり,展示方法から,現地の人々が考える,この東京城の歴史的位置づけが理解できる。

東京城から外をみる1960年2月,遼陽市人民政府によって市級文物保護単位に,1988年12月,遼寧省人民政府によって省級文物保護単位に認定されている。

写真下は,城から外をみたもの。