2002年10月31日,東京城から東京陵に向かった。

以前もシュルガチ墓については,このブログで紹介している。

シュルガチ墓東京陵には,ヌルハチの祖父ギオチャンガ(Giocangga,覚昌安)と父タクシ(Taksi,塔克世)等以下の一族を葬っていたが,ギオチャンガとタクシは順治15年(1658)永陵に改葬され,現在は弟シュルガチ(Šurgaci,舒爾哈赤)とムルハチ(Murhaci,穆爾哈赤),長男チュエン(Cuyen,禇英),ムルハチの子ダルチャ(Darca,達爾察)の墓が残されている。

ムルハチ・ダルチャの石碑鴛淵一『奉天と遼陽』(富山房,昭和15/1940年)の「図版4」に掲載されたシュルガチ墓の写真と2002年時点(写真上)とは異なり,コンクリートの補修がなされている。細谷良夫編『中国東北部における清朝の歴史−1986〜1990年−』によれば,ムルハチ・ダルチャ墓に関する記載に,「墳墓は共にコンクリート補修が行われているが,これは『満洲国』時代の修理」とある。或いはシュルガチ墓のコンクリート化もその時期のものかもしれない。その他,「満洲国」時代にこの東京陵に建てられた石碑(写真下の一番奥)がある。