e6e974e1.jpg

2002年10月31日,劉小萌(中国社会科学院近代史研究所)氏とともに,曹雪芹記念館を後に,遼陽博物館に向かう。

ここには,いわゆる「遼陽碑林」があり,明清期の価値ある石碑が多く展示されている。

とりわけ一群をなしているのが,清初五大臣の一人ホホリ(Hohori,何和礼)一族(ドンゴ氏,Donggo)に関するものである。

「何和礼敕建碑」(順治13年/1656)【写真上】はそのひとつ。

このほか,「端荘固倫公主敕建碑」(ホホリ夫人,ヌルハチ長女。康熙五十五年/1716)【写真下】,「哲爾本及夫人墓碑」(ジェルベン,Jerben,哲爾本)と夫人(康熙23年/1684)),「何芍図誥封碑」(ホショトゥ,Hošotu,何芍図。順治13年/1656),「彭春誥命碑」(ポンチュン,Pongcun,彭春,康熙23年/1684),またポンチュン等がホホリや曽祖母(ホホリ夫人の端荘固倫公主)等の骨骸を遼陽に移す経緯を記した「建園遷墓碑」(康熙五十五年/1716)などの満洲文や満漢合璧の石碑が展示されている。

端荘固倫公主碑小生は修士課程の時,東洋文庫所蔵の佐領家譜(後藤智子「東洋文庫所蔵武職及佐領家譜について」『満族史研究通信』7,1998年を参照)にドンゴ氏関係が多かったことから,一時期興味を持ってゼミ報告したことがあった。

なお,ドンゴ氏と清朝帝室との深いつながりについては,鈴木真「雍正帝による旗王統制と八旗改革−鑲紅旗旗王スヌの断罪事件とその意義−」(『史境』第42号,2001年3月)に詳しい。