大金喇嘛法師宝記碑2003年10月31日,劉小萌(中国社会科学院近代史研究所研究員)氏と共に,遼陽博物館を調査したときの一枚。

この石碑は,清太宗の天聡四年(1630)に建てられ,もと蓮華寺(喇嘛園,または喇嘛塔園)にあった。

説明版によれば,蓮華寺は,太祖ヌルハチの時,モンゴルから来て仏法を弘伝したチベットラマ法師の斡禄打児罕嚢素喇嘛が入った地であり,また入寂した地であり,墳塋の所在地でもある。

このラマは,天命六年(1622)に遼陽に来たが,まもなく病のため入寂した。その時は戦時的急要のため碑は建てられなかったが,天聡4年になって,ようやく清太宗ホンタイジの旨を奉じた佟養性によって設置された,と記されている。

すでに劣化が激しいためガラス版で囲んでいるが,実物を目にできるのは嬉しい。

書体は満漢二体で,満文は無圏点。

鴛淵一『奉天と遼陽』(富山房,昭和15/1940年),同『満洲碑記考』(目黒書店,1943年)などでは,チベット仏教と清朝との関係に言及するが,現在の遼陽では,背面に記された曹雪芹の先祖(五世祖の曹振彦)との関係に着目している。

この後,遼陽博物館にて,その他の多くの石碑を見学し,書籍を購入。街中を散策し,夕方瀋陽に戻った。