近日中に提出予定のレポートの採点中。

前回に引き続き,学生がレポート作成に利用しているウェブサイトの備忘録。

「5 辛亥革命と中華民国の成立」:http://www.sqr.or.jp/usr/akito-y/gendai/15-20china3.html(「世界史ノート(現代編):http://www.sqr.or.jp/usr/akito-y/mokuji04.html「第15章 帝国主義の成立とアジアの民主運動」→「3 アジア諸国の変革と民族運動」)

「阿片戦争-wikipedia」:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E7%89%87%E6%88%A6%E4%BA%89

「辛亥革命-wikipedia」:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%9B%E4%BA%A5%E9%9D%A9%E5%91%BD

前回も書いたとおり,小生自身はウェブサイトの参照は否定していない。しかしながら,「化かそう」とするレポートは,対応している時間が惜しい。

それとは別な話であるが,ウェブサイト(書籍の場合も含む)を参照した場合,少なくとも2〜3冊の概説書などを見比べてまとめなおすことを小生が学生の時代はおこなってきた。ところが,最近目立ち始めているのは,1冊(または1つのウェブサイト)だけの記事の文面を変えただけのレポートである。そういうのは,ちょっと読めばすぐに分かる。それ以上に怖いのが,レポート作成側(学生側)が認識した限られた範囲の歴史的事実を,ほかに知識がないので,文面を一部変えただけで,新たな歴史的事実を「創造」してしまうもの。

歴史の捉え方というのは,単なる趣味の問題だけではない。捉え方・用い方を違えれば国同士・民族同士の対立・抗争を招くし,逆もまた然り。現代社会に生きる私たちや他者理解の指標のひとつなのである。

いずれにせよ,このようなレポートの作成が目立ちはじめてきたのは,勉強時間がとれない今時分の学生の潮流なのかもしれないが,世知辛い世の中である。

それからもうひとつ,「引用・参考文献」欄については,記入されていないものは,他の教科や教員はどうであれ,小生の場合いかに文面が優れていようとも不合格となる。それは「歴史の記述は資料に依拠する」から…。