9b95e4c8.jpg

2010年8月25日に踏査。

興城古城の西南に位置する。明宣徳五年(1430)、遼東都指揮劉斌が創建した、中国東北部でも最も古い文廟である。

文廟は基本的に孔子の霊を祀った建物を指すが、目的は孔子にはない。他地域でもそうであるが、文廟内部には当時の石碑などが残され、現在では資料館が併設されている例が多い。そこで現地(遼西地域)の人物や情報を収集するのである。

編纂資料や档案資料をみるだけでは、扱われ方が小さく、現地出身の人物についてその役割や社会的な結合関係を看過しがちになる。しかし、現地を踏査することで現地の視点から確認することができる。

折しもこの日は偶然にも、神田信夫(明治大学)・松村潤(日本大学)・細谷良夫(東北学院大学)・加藤直人(日本大学)・中見立夫(東京外国語大学AA研)・石橋崇雄(国士舘大学)の各先生(肩書きは当時のもの)が興城古城を調査されてちょうど22年目(1988年8月25日)の同じ日であった。文廟には諸先生方が調査された時にはなかった石彫と碑林ができていた(2004年8月)。

小生自身としては、文廟には、名宦祠・郷賢祠や石碑などから、明末清初の遼西地域の様子を知ることができた。大きな収穫であった。