201109151121347343綿貫哲郎「八旗漢軍“勳旧”佐領考--雍正朝“佐領三分法”与“勳旧”名称」(『清代満漢関係研究』中国北京:社会科学文献出版社,2011年8月)

実はまだ受け取っていないのだが,偶然にも社会文献出版社Web上にて出たことを確認。

本稿は,2010年8月28日・29日に中国北京で開催された「清朝満漢関係史国際学術討論会(中国社会科学院近代史研究所主催)」の報告をもとにした論文集(全41篇)のうちの1篇。昨年夏に小生自身ももちろん当該学術報告会で報告している(こちらを参照)。

本稿は,1999年の卒業論文の後半部分がベースとなっている(前半部分は,拙稿「清初の旧漢人と八旗漢軍」(『史叢』第67号,2002年9月)として発表済み)。

本稿は,雍正五年(1727年)に初めて八旗全体で実施されたと編纂資料にある「佐領三分法(別名:ニル三分法)」が,実は同三年すでに雍正帝の権力が及ぶ5旗で実施されていたこと,また「勳旧」という名称が,本来は「従龍入関」と同義語でありながら,この分類法以降に従来と異なる意味(佐領官と下人との従属関係)として佐領の固有名称として使用されるようになることを,八旗漢軍に関係する档案資料を用いて解明した。以上は,世宗雍正帝(在位1722-1735年)の時代に独裁的な皇帝権力を確立したという従来の学説をあらため,入関以前より続く旗王が属下の旗人を支配する関係(いわゆる「旗王--旗人」関係)が雍正年間以降も存在していたとされる近年の見解を補完している。


現物が届いたら,論文集も紹介する予定。