20120829beijing01北京は22-36度,晴れ。

最高気温は36度だが,東京みたいに湿気がないので,個人的には過ごしやすい。また,北京は大通りの間隔が東京と比べて広いので,気づくと1時間は軽く歩いていることが多い。そんな1日(*´д`*)

北京市内の数ヶ所を踏査した。

その踏査の中心は,洪承畴の邸宅跡(南鑼鼓巷)と墳墓跡(車道溝)。洪承畴(1593〜1665年)は,もと明の高官で松山の戦い(1641年;遼寧省錦州市)で清朝に投降,後に摂政王ドルゴンの信任を得て清朝の入関戦争,及び中国内地統治に重要な役割を果たす人物として広く知られている。中国ドラマ『大清風雲』(TSUTAYA等でも貸し出されている)の范浩正のモデルの一人とも言われている。

6時半にホテルを出発。朝食をとりつつ50分ほど歩き,邸宅跡の東城区交道口南鑼鼓巷59号へ(写真上)。門墩が“抱鼓型有獅子門墩”なことから高級武官の邸宅だったことが見て取れるが,上部の獅子は削られている。余談であるが,南鑼鼓巷は隣接する中央戯劇学院の劇場とともに中国文化雑貨の店舗やカフェ(日本のタコ焼き屋もあった)が軒を連ね,文化街として売り出している。改装された前門に比べるとまだ知名度は低いようだ。

20120829beijing02地安門東大街の鑼鼓巷から118路バスで紫竹橋南で下車。1990年代の中国留学中にピザをよく食べに来たシャングリラホテルの前を歩いて通り過ぎつつ,バス停から30分ほど歩いて海淀区車道溝の墳墓跡へ(写真下)。現在は某幼稚園の敷地内になっているが,今でも墳丘と古松林が残っており,外から伺うことは可能である。さらに園内には石獅子が現存しているが,外部に開放しておらず(それでなくても幼稚園や学校は警備が厳重なのはデフォルト)見ることができなかった。

大通りに出ると藍靛廠南路。この北西にある藍靛廠はもと藍靛廠火器営と呼ばれ,清代には八旗の駐屯地であり,2002年末までは満洲族が以前の組織そのままに生活していた。現在は再開発で彼らは立ち退いて,新興住宅地となりマンションが立ち並んでいる。それを横目に見ながら時間の流れを感じた。

午後は“旅遊文化街”として再開発された前門で買い物,王府井から北上してホテルへ歩いて帰ってきた。成府路の万聖書園や三聯書店を回ったが,以前のように書籍をバカ買いすることもなかった。14冊のみだが必要な書籍が複数冊あり結果的に満足してる。