20120908matuhime01武田信玄の四女・松姫(1561-1616年)は,武田家が滅亡する1582年に甲斐国(山梨県)から八王子に逃れてくるが,その関連史跡を踏査した。

新府城(山梨県韮崎市)→入明寺(甲府市)→*舞鶴城(甲府市)→海島寺(塩山市)→向嶽寺(塩山市)→*景徳院(甲州市)→金照庵跡(八王子市下恩方)→口留番所跡(八王子市下恩方)→心源院(八王子市下恩方)→極楽寺(八王子市大横町)→信松院(八王子市台町)→*産千代稲荷神社(八王子市小門町)

昨年末より踏査を計画。聞いた友人が便乗して決行。向嶽寺から金照庵跡までの松姫逃避ルートは不明な部分が多いが,出発地の高遠城(山梨県伊那市)を除くルート上にある史跡を1日でほぼ踏査した(*は松姫と直接関係ない史跡)。

朝5時半に自宅を出発。中央高速道釈迦堂SAで朝食をとりつつ2時間後に新府城へ。本丸跡にある藤式神社まで一直線に上がる道で,早くも息切れ。入明寺は武田信玄の次男・龍宝が自害した寺院。盲目だった龍宝には中学校時代から興味があり,お寺の方から貴重なお話を伺うことができたとともに,パンフレット「武田家と入明寺」をいただいた。

甲府駅前の舞鶴城は松姫と関係ないが,友人の「日本の100名城」スタンプラリーのために立ち寄る。塩山市の海島寺と向嶽寺はよく使う道沿いに位置していた。景徳院は武田家滅亡の地。武田勝頼・北条夫人・嫡男信勝の「生涯石」など,また近所にある関連の四郎作古戦場・鳥居畑古戦場にもまわった。

20120908matuhime03昼食は午後1時に中央高速道団子坂SAにて。混んでいたため屋外で軽くすませる。和田峠(案下峠)は道幅が狭いため,八王子市内まで一旦戻って陣馬街道へ。通り沿いにあるはずの口留番所跡の石碑が見つからず10分ほど彷徨ったのち発見(写真下は跡にある「松姫之碑」)。下恩方では「八王子市恩方見て歩き絵図」なるものを購入。松姫が剃髪し8年間暮らした心源院より,督姫(仁科五郎盛信の娘;松姫とともに八王子へ逃れる)の墓所(極楽寺)をまわり,午後4時40分頃に信松院に到着した(午後5時閉門)。近くまで来たので,大久保長安陣屋跡の産千代稲荷神社をめぐって終了。

最後は「松姫もなか」を販売する“八王子松姫本店”(八王子市明神町3丁目)へ。友人が自宅へ「松姫もなか」を購入。松姫づくしの1日でした( ´ ▽ ` )ノ

短パンではなかったが,半袖なので腕,また足首を蚊に刺された。また友人いわく日焼けしたらしい。

寺院間の位置関係や海島寺・向嶽寺・心源院・信松院は共通する部分が見えるし,また地元でしか買えない書籍・資料などから知り得る知見(伝承を多く含む)は,図書館資料やインターネットの情報にまさる。これ以外にも踏査してこそ見えてくることが多い。

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ようやく出たのを確認。どうやら大丈夫そうですね。それではちょっぴし出かけますか (*´ -`)(´- `*)srsr