20121122tuushin(早朝レジュメのコピーに立ち寄っていたけど,)午前中のルーティンを終え水道橋へ。

今日の歴史学の準備(シミュレーション)が終わっていたこともあり,5階の師匠と先輩への久々の御挨拶にと訪れるものの,どちらも不在。

500講堂。第24回は「国家と民族のとらえかた(4)」。

内容は,19世紀フランスの作家ドーデの作品『最後の授業』から「言葉」「国家」「教育」「民族」の問題を考えるもの(2年前のヴァージョンアップ版)。今回は,教材「最後の授業」が消滅する部分を追った。

リアクションペーパーに答えるかたちでの復習を終え,1970年代からの「原典主義」,◆嶌埜紊亮業」の研究授業,採用出版社の“減少”,1970年代後半から1980年代前半における,「最後の授業」読みを“推奨”する知識人と“批判”する人々,ザ戯燹嶌埜紊亮業」の“消滅”を学んだ。

一般的に,蓮実重彦氏や田中克彦氏の批判が「最後の授業」消滅の直接の引き金となったことはよく知られている。今回の授業でも否定はしていないが,「歴史学」の講義としては“事実”だけでなく“歴史的背景(なぜ1980年代に“消滅”したのか)”を探ってみた。

「教育」的な部分は4回目の今回で終わり。なので日本の“教育史”から見た「最後の授業」のだけでなく,教材として“50年間続いた”ことや「視座」という言葉をさらに拡大的に捉えるまとめをした。

そろそろ今冬用のマフラーを買う時期ですかね(*´ -`)(´- `*)srsr