20150908文廟祖大寿の墓碑を再訪(興城文廟碑林は3度目の訪問)。

前回(2013年8月)に見た興城文廟碑林の祖大寿の墓碑は、もとは1974年に鎮国公祖公塋を平地にならした時に火薬で爆破して埋めたが、2011年4月に興城西河近くの祖家墳より再び「発見」され、8個の石塊を文廟碑林に運んだものという。2010年8月に小生が文廟碑林を訪れた時はなく、2013年8月に再度訪れた時にあったことと合致する。(文廟碑林にはこのほか1969年に一度解体された「祖氏石坊」関連のものも置かれている)

今回、文廟碑林に向かったところ、前回置かれていた場所はきれいに片付けられて休憩スペースになっていて石塊はなかった。他の観光客に案内をしていた文廟の職員に聞いたが何も知らないという。周りを見回したところ、石塊のひとつ(写真;「老,方且……佳城,霊……三月」)が北西の端に置かれていたが「祖大寿」と名前が書かれた石塊は見つからなかった。

どこか資料館なり研究施設に運ばれたのならばよいが、なんともいえない気持ちのまま興城文廟碑林を後にせざるを得なかったのが心残りである。

2015年9月8日踏査 (*´ -`)(´- `*)srsr

☆参考ウエブサイト☆
祖大寿墓碑尋踪:こちら
☆以前の関連記事☆
祖澤溥墓跡:中国北京市豊台区祖家荘(2015年9月踏査):こちら
祖大寿墓碑:中国遼寧省興城市(2013年8月踏査):こちら
祖大寿石坊:中国遼寧省興城市(2010年8月踏査):こちら
興城文廟:中国遼寧省興城市(2010年8月踏査):こちら
興城古城:中国遼寧省興城市(2010年8月踏査):こちら
八旗漢軍旗人・祖承勲の石碑:中国北京市海淀区(2002年9月踏査):こちら