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研究(満族史・清朝史・東アジア史)や講義(歴史学・東洋史・中国語[漢語]・コンピュータ)等の備忘録

中国語・中国情報

第68回中国語検定試験:松戸会場(流通経済大学)

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第68回中国語検定試験(松戸会場:流通経済大学松戸校舎)のお手伝いをしました。今回も午前・午後ともに試験監督補助を担当。

午前は準1級、午後は4級を担当させていただきました。

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以上は、綿貫個人の見解であり、日本中国語検定協会とは一切関係ありません。

日本中国語検定協会:http://www.chuken.gr.jp/

第67回中国語検定試験:松戸会場(流通経済大学)

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第67回中国語検定試験(松戸会場:流通経済大学松戸校舎)のお手伝いをしました。今回も午前・午後ともに試験監督補助を担当。

午前は3級、午後は2級を担当させていただきました。

今回は、通常授業で紹介している11月末の試験ではないのですが、以前小生の授業を受講した受験生(中国語だけではなく東洋史特講も含む)が数名いたようです。

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以上は、綿貫個人の見解であり、日本中国語検定協会とは一切関係ありません。

日本中国語検定協会:http://www.chuken.gr.jp/

祝春節快楽!!

今日は旧暦の元旦。みなさん,今年もよろしくお願いいたします。


 

第66回中国語検定試験:松戸会場(流通経済大学)

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第66回中国語検定試験(松戸会場:流通経済大学松戸校舎)のお手伝いをしました。今回も午前・午後ともに試験監督を担当。

試験監督・監督補助で数名の方が新しく参加されました。しかも日本大学文理学部中国語中国文化学科の関係者の方。面識ある方もいらっしゃいました。世界は狭いですねぇ。

午前は準4級(70分)、午後は2級(120分)を担当しました。午前中の準4級は,それほど難解ではなかったように思えました。

午前(準4級)は試験開始20分前にほとんどの受験生が着座していましたが,午後(2級)はぎりぎりまで入場者が目立ちました。

全体的にはなんら問題がおこらず平和裏に過ぎた検定試験でした。関係者の皆さん,お疲れ様でした。

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以上は、綿貫個人の見解であり、日本中国語検定協会とは一切関係ありません。

第65回中国語検定試験:松戸会場(流通経済大学松戸校舎)

b119d550.jpgもうルーティンワークになった第65回中国語検定試験(松戸会場;流通経済大学松戸校舎)のお手伝いに行ってきた。

朝はもっていたけれど、午後から雨。

今回は前回に続き午前中は3級の試験監督。午後は2級の試験監督補助。やはり試験監督は緊張する。

試験監督(3級)では、みな15分前には全員着席していて、試験前の注意事項の伝達が滞りなくすんだ(試験も)。毎回こうだといいですね(・v・)

試験問題も、3級は普段より難しくなかったように感じました。

この時期、北小金の本土寺はあじさい祭り。終了後、紫陽花とか菖蒲とか寄りたかったが、入場時間ギリギリ間に合わないので泣く泣く諦めた(ノ><)ノ

今山手線で帰るところ。

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以上の内容は綿貫の私見であって、日本中国語検定協会とは何の関係もありません。

北洋水師(全16回:DVD)

北洋水師北京語言学院(現・北京語言大学)留学中の1992年、留学生宿舎の同屋(ルームメイト)のN氏と共同で購入したばかりのテレビで夢中になっていたドラマ。

『北洋水師』は、清末の洋務運動より日清戦争で北洋水師(北洋艦隊)が壊滅するまでを描いた作品。少なからず日本側の人物も登場する。

2004年にDVD化されたので、懐かしさもあって迷わず購入。

オープニングは、以下のナレーションで始まる。同時、まだ慣れない中国語学習の一環として必死に覚えたものだった。

「在地球總面積十分之七的海洋上,沿亞洲大陸的東側,有一條一萬八千公里的海岸線。整整一百年前,在這條海岸線上,曾出現過一支亞洲第一位世界第六位的龐大艦隊,這就是北洋水師」

購入したのは3年程前だけど、最近、思うところあって少しずつ見返している。もちろん、ドラマなのでフィクションが混ざるものの、主人公の世昌を陳国宝、伊東祐亨を陳道明が演じるなど、彼等の友情物語を中心に物語は組み立てられている。そのためか、他の映画・ドラマと比べて日本側の登場人物をそれほど悪く描いていない(もちろん、長崎事件や旅順虐殺事件も描かれているけれど)。

もちろん、そのように描かれた背景には、同時(1990年代初め)の中国側の事情と日中関係が反映されていることは疑うべくもない。その頃に生まれた子供は、現在、中学生・高校生になっている。

第64回中国語検定試験:松戸会場(流通経済大学)

235442ab.jpg第64回中国語検定試験(松戸会場:流通経済大学松戸校舎)のお手伝いをしました。今回は、試験監督補助ではなく試験監督そのもの。

午前は準4級(70分)、午後は4級(100分)を担当しました。午前中の準4級リスニングで、2問程難解というか判断しにくい部分がありました。

それにしても、試験監督補助と試験監督とでは、こんなにも緊張感が違うものかと思いました。

小生が担当した教室では、試験開始20分前には多くの受験生が着席されていたので、トラブルもなくスムーズに進行しました。今回は、他の教室でも同様だったようです。

毎回、こうだと嬉しいですね(喜喜

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以上は、綿貫個人の見解であり、日本中国語検定協会とは一切関係ありません。

祝新春快楽!

あけましておめでとうございます。

今日2月7日(木)は,旧暦の元旦(春節)です。

新居への引っ越しは,ほぼ終了しましたが,まだ旧宅との間を往復しております。

十二支最初の子年(ねどし)ですので,心機一転したいと思います。詳しくは,また後日。

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横浜中華街:http://www.chinatown.or.jp/news/shunsetsu08/

神戸南京町:http://www.nankinmachi.or.jp/

第63回中国語検定試験:松戸会場(流通経済大学)

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第63回中国語検定試験の監督補助に行ってきました。会場は流通経済大学松戸校舎。お手伝いはこれで4回目。ちょうど1年となりました。いつも王丹先生と組ませていただいているので,息もぴったり。

今日の天気は寒いながらも快晴。試験日和です。11月の試験は受験者も多いです。通達・確認事項も多く緊張しました。

小生は,午前中は準4級(70分),午後は2級(120分)のお手伝いでした。準4級は引っかけみたいな紛らわしい問題もありました。

そういえば,今回松戸会場には,日本大学理工学部で教えている小生の学生が10数名来ていました。人数の多さにビックリしましたが,受験生と試験監督だったので,お話しできず。みんな出来はどうだったのかな?

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以上は,綿貫個人の見解であり,日本中国語検定協会のものではありません。

横浜における孫文及び辛亥革命史跡見学(日本大学総合生涯学習センター)

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2007年11月18日(日),「横浜における孫文及び辛亥革命史跡見学」がおこなわれた。主催は,日本大学総合生涯学習センター

該所の「平成19年度秋期公開講座:激動中国〜人物で語る中国20世紀史〜」の第6回目としての史跡見学会。小生は,当日の「パンフレット作成」と「説明講師」の一人として参加した。説明講師は高綱博文(日本大学教授)・片倉芳和(日本大学講師),そして小生の3名。

集合は,JR鶴見駅西口改札(総持寺方面)に10時50分。見学コースは以下の通り。

◎総持寺(11時15分〜12時15分): _君克強之碑 → 日本同志援助中国革命追念碑 → B絞犬隣┳曄崑膣僉廖宝物殿 → つ賃業の追悼会開催場所:放光堂(記念撮影・1回目) → ス畧兮罅覆海Δ犬磴だい;休憩) (移動:総持寺 → JR鶴見駅―(約15分)→JR関内駅 → 横浜中華学院) 

◎横浜中華街(13時00分〜15時00分): ΣI傭羃擲惘 糞貘臚嘘惺察法、 (昼食:華都飯店) → 中山記念堂 → ┸渓荏冓鶸曄複押法、 孫文・宮崎滔天の邂合の地(陳少伯旧宅跡) → 孫文の武装蜂起(恵州・広州)計画立案場所(温炳臣旧宅跡) → 媽祖廟(天后宮) → 孫文の追悼会開催場所 → 清国領事館跡(山下町公園) → 清議報館(1)(康有為・梁啓超発刊の改良派機関誌) → 関帝廟(記念撮影・2回目)解散

ほかにも見るべき場所はたくさんあるけれど,年配者の多い史跡見学会なので,本日時間がなくて行けない場所(致生印刷店跡・文経文具店跡など)や遠くて行けない場所(地蔵王廟・「孫文先生上陸之地」)は割愛。ただパンフレットに説明を掲載しておいた。

今回の見学会では,池間里代子先生(日本大学講師)・蔡月華先生(東京中華学校校長)・劉剣城先生(東京中華学校副校長)・陳志文先生(横浜中華学院訓導処主任)ほか,たくさんの方のお世話になりました。ありがとうございます。

写真は,横浜中華学院にある孫文の胸像。

北京市内で17日から20日まで車両交通規制

本日,2007年8月17日(金)より20日(月)までの4日間,北京市内で車輌交通規制が敷かれたとメディアが報じている。

その内容は,奇数日(17日・19日)は車輌ナンバー末尾が奇数の車,偶数日(18日・20日)は車輌ナンバー末尾が偶数の車のみが北京市内を通行できるというもの。ただし,特殊車両(パトカー・消防車・救急車など)・公共のトロリーバスと路線バス・タクシー・郵便車輌・各国駐華公館関係の車輌・その他を除く。

以前より,北京ナンバー以外の車輌の北京市内通行については,車輌交通規制があると聞いているが,今回の4日間の試験的な車輌交通規制は,来年のオリンピックを控えて,通行車輌の減少が通気の質的レベルの改善にどれ程影響するのか,そのデータを集めるためであり,違反者は罰金100元が科されるとマスコミは伝えている。

さらに,現在北京には約300万台の車輌があると言われ,本日17日だけで,3割強の約130万台が通行できなくなるため,公共機関では,約1割増の増便を決めているという。

それにしても,現在の北京市の人口は,先月(2007年7月)に1170万人を超えたばかり。北京市の車輌約300万台中,自家用車は約240万台と言われており,これは4.9人に一人が自家用車を保有している計算になる。小生は,自転車時代に北京滞在しており,この数字には時代の移り変わりを感じずにはいられない。

ところで,今回の車輌交通規制は,「好運北京(グッドラック北京)」つまり「プレ五輪シリーズ大会」にあわせたもの。これまでも,北京市ではサミットなど大型の国際行事が開催されるたびに,それなりの車輌交通規制がおこなわれてきた。しかしながら,これだけの大規模な車輌交通規制は初めてである。今回の車輌規制の目的は,すでに発表されているように大気汚染の問題ももちろんあるだろうが,実際の五輪期間中(2008年8月8日〜8月24日;五輪期間中にも車輌交通規制が敷かれることがほぼ決定している)の選手輸送などのリハーサル,及び当該時期のプレ交通量調査や経済への影響調査,さらにはこのような「規制」がどれくらい北京市民に浸透(輿論の動向)するのか,という別な理由が含まれていることも考えられよう。

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★関連ウェブサイト

京報網[中国語]:「今天130万車輌停駛 大型社区今起増発公交車」http://www.bjd.com.cn/ztxw/200708/t20070817_334466.htm

北京晩報[中国語]:「百万車主明天不開車」http://epaper.bjd.com.cn/wb/20070816/200708/t20070816_334062.htm

北京晨報[中国語]:「今天,街上尽駛単号車」http://www.morningpost.com.cn/article.asp?articleid=122030

人民日報[中国語]:「第一現場:本網記者親歴北京“限制機動車単双号行駛”首日」http://society.people.com.cn/GB/86800/6127713.html

時事通信社:「北京,大気汚染改善で交通規制」http://www.jiji.com/jc/a?g=afp_soc&k=20070817013853a

人民日報:「北京市が車両交通制限,監視カメラでナンバー識別」http://j.peopledaily.com.cn/2007/08/17/jp20070817_75419.htmlhttp://j.peopledaily.com.cn/2007/08/17/jp20070817_75419.html

老舎(著);中山時子(監修);范亦豪・李玉敬・稲田直樹・清水信夫(監修)『正紅旗下』(中国語日本語注釈)人民文学出版社,2006年

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老舎(著);中山時子(監修);范亦豪・李玉敬・稲田直樹・清水信夫(監修)『正紅旗下』(中国語日本語注釈)人民文学出版社,2006年

2007年8月4日,東方書店にて購入。

周知の通り,旗人後裔である老舎未完の小説。中国語の本文に日本語の注釈が付されたもの。中山時子(お茶の水大学名誉教授)氏が主催する「老舎を読む会」の成果を纏めたもの。

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「老舎を読む会」のHP:http://dokushokai.org/rousha/02.html

ホットメールを使った中国語(繁体字)の文字化け対策の一例

仕事の都合で,台湾の某所とメールのやりとりをした。その際,文字化けを起こしてしまった。

小生,中国語簡体字(大陸など)とのメールのやりとりは,ほぼ毎日おこなっているが,中国語繁体字(台湾など)でのメール送信はそれほど経験がない。

ueインターネットメールで無料,そして他言語対応ということで,メールソフトは主にホットメール(Hotmail)を利用している。今回は,そのホットメールを使った場合の文字化け対策で小生が対応したその内容の備忘録である。

言うまでもなく,中国語繁体字の利用は,[オプション]→[個人情報]→[言語]から[繁體中文]を選択する。それで受信した文字が表示されれば何の問題もない。ところが,<文字化け>が発生した。

素人的には,[ツールバー]の[表示]→[エンコード]→[繁体字中国語(Big5)]するが効果なし。

shitaさて,対策であるが,メール画面の右上にある[オプション]→[メール]→[メールの表示設定]→[メッセージ ヘッダー]の[詳細]を選択(図上)。あらためてメールを表示させ,Content-type:text/plainと表示させた部分(図下)をクリックし,一度[テキスト保存]した。再び開いたところ,文字化けせずに表示されたのである。

この方法は,知っている人が見れば何でもない方法だろうが,小生は初めての経験だったため,備忘録がわりにここに記す次第である。

スタバ故宮から撤退

スタバ01世界文化遺産にも指定(1987年)されている北京・故宮博物院内の外廷と内朝の間にある旧「九卿房」において,2000年より営業していたアメリカ大手コーヒーチェーン「スターバックス(中国名:星巴克)」が7月13日(金)までに営業を停止した。

李文儒氏(故宮博物院副院長)が「今後は『故宮』ブランドを中心とする経営方針に統一する」ことを定めたことから,スターバックス側は,独自ブランドで故宮博物院内部において営業することをやめ,撤退することを決定づけたとされている。

しかしながら,今年2007年1月に中国のテレビキャスター芮成鋼(ぜい・せいてつ)氏が,自身のブログで「故宮のスタバ」に撤退を求める意見を書き込んで以来,中国国内では中国伝統文化を西洋資本が浸食しているとして「論争」を巻き起こしていた。

スタバ02こうした「論争」も少なからず今回の「決定」「撤退」に影響を及ぼしていたものと考えられる。

小生の東洋史関係の講義においても,故宮内にあるスタバは,「北京における異文化」の一つ(のイレギュラー版)として講義でたびたび取り上げさせてもらった。

今回の「故宮のスタバ撤退」とは意味合いが異なるであろうが,「皇家園林」における西洋ファーストフード店の撤退は2003年1月のケンタッキーフライドチキン(中国名:肯徳基)北海公園店に続き2件めとなる。2008年にオリンピックを迎える北京では,市内では伝統的な中国文化と西洋ファーストフード店との共存とを実施しており,「皇家園林」内では閉店という選択肢をとっていることとは分けて考える必要があろう。

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関連HP:

北京青年報(中国語):「星巴克撒出故宮」http://bjyouth.ynet.com/article.jsp?oid=22084641

時事通信社:「故宮のスタバついに撤退」http://www.jiji.co.jp/jc/c?g=int_30&k=2007071400206

中国情報局:「スターバックス:とうとう故宮から撤退,営業停止へ」http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2007&d=0714&f=national_0714_003.shtml

朝日新聞:「北京の故宮からスタバが撤退 ブログでの問題提起が発端」http://www.asahi.com/international/update/0714/TKY200707140354.html

読売新聞:「北京・故宮に出店のスタバ,『文化浸食』批判で撤退」http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20070714i411.htm

毎日新聞:「スタバ:北京・故宮の店舗閉店『文化を台無し』避難うけ」http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/asia/news/20070715k0000m020023000c.html

産経新聞:「故宮スターバックス閉店 ネット論争,撤退で決着」http://www.sankei.co.jp/kokusai/china/070714/chn070714002.htm

 

第62回中国語検定試験:松戸会場(流通経済大学)

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第62回中国語検定試験の試験監督補助に行ってきました。会場は,流通経済大学松戸校舎。お手伝いはこれで3回目,ようやく慣れてきました。

試験開始前は曇っていたが,お昼頃から降り始めました。夕方4時過ぎには小降りに変わっていました。

小生は,午前中は3級,午後は2級のお手伝いでした。あくまで個人的な感想ですが,3級・2級は内容的に前回よりも易しく感じました。

それにしても,試験開始時間間際に来る人がそれなりにいるのには,今更ながらにビックリします。やはり,試験の「注意事項」を読み始める20分前までには到着・着席していてもらいたいものです。

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以上は,綿貫個人の見解であり,日本中国語検定協会のものではありません。

1992年11月のガーデンホテル上海からの景観(中国上海市)

ガーデン01引き続き,1992年11月7日の上海市内の写真。

写真は,上海市内の西南部にあるガーデンホテル上海(花園飯店)の客室から見た上海市内の様子。

上の写真で目立つ建物は瑞金大厦。JALや日本企業が数多く入っている(←現在も?)。

ガーデン02下の写真は同じく瑞金大厦の西側を撮影したもの。おそらくここには,現在は数多くの高層ビルが建ち並んでいることと思うが未確認。

当時の留学生の間では,まだ繁華街での遊び場がほとんどなく,余暇ができるとホテルで食事をするか,ホテルのバーに出入りするか,はたまたホテルに宿泊するかということがちょっとした贅沢であった。当時は外国人居留証(半年以上の滞在)があれば,いくつかのホテルで宿泊割引があったので友人を誘って,一時帰国前日などに利用していた。

ガーデンホテル上海は,日本資本のホテルであり,しかもホテルオークラだったことから,当時は書店巡りの最終地点として,ポートマン上海と並び,疲れを癒すためによく利用した。ここからタクシーに乗り,復旦大学の留学生宿舎(国際文化交流学院)に帰った。

留学生宿舎に冷房がなかったので,夏には大変重宝した思い出がある。上海の夏はとても暑いのです。

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ガーデンホテル上海(花園飯店)HP:http://www.gardenhotelshanghai.com/default.HTM

1992年10月の上海南京路(中国上海市)

南京路01引き続き,1992年10月1日(国慶節)の上海南京路。

現在では1日100万人以上が訪れるという。南京路は,1999年に河南路から西蔵路までの約1キロの南京東路が歩行者天国(歩行街)となった。

小生の留学当時は,まだ歩行者天国ではなかった。写真は,当時走っていたトロリーバス(無軌)から撮影したもの。見ての通り,歩道は幅が狭く,肩やバッグぶつけながら歩いていた。よく友人に「南京路を一度でいいから真っすく歩いてみたい!」と言ったのを思い出す。

また,今でこそネオンは深夜まで華やかだけれど,留学当時では,午後8時か9時頃になると,ぱったり止んで真っ暗になっていた。タクシーで横を通りながら,その格差に少し怖かったものだ。

今では,香港資本に混ざり,ユニクロやカラオケのビッグエコー,コンビニのローソンなどが建ち並ぶ,日本人にも親しみやすい場所となっている。

1992年10月の上海外灘の風景(中国上海市)

上海外灘01写真は,初期留学中だった1992年10月1日(国慶節)に上海の外灘(バンド)で撮影したもの。今から15年前のもの。

小生が所有する(現存する)一番古い上海風景の写真かな。たまたま実家で掃除していたら出てきたもの。

上の写真は南側を,下の写真は北側を撮影したもの。いずれも当時の中国銀行上海分行の前(中山東一路23号)からだったと記憶している。

上海外灘02現在は,道路には柵が設けられ,歩行者は横断できないようになっているほか,現在と比較しても自動車の交通量が圧倒的に少ない。

クルマは,普通に路上に駐停車しているし,ヒトは,地方から(外地人)の観光客だろうが,路上にはみ出して観光したり,休んだりしている。

現在からは想像も付かない,当時の上海ののんびりとした状態を窺い知ることができる。当時では,上海も北京も,これが普通の状態でした。

試験監督補助(第61回中国語検定試験:松戸会場)

c4fe47f9.jpg第61回中国語検定試験・松戸会場(流通経済大学)で監督補助のお手伝いをしました。今回で二回目です。

退院直後だけれど、ここでは公私に関わる情報がたくさん入るので、やはり優先で来ます。

会場の機器・雨による電車の遅延・選挙カーなどによる、会場内部の混乱はなく、試験はスムーズに進みました。

前回に比べて、高級級への受験者が多かったように感じた。

試験開始に関しては、「注意事項」の指示が試験開始20分に始まるので、それまでには会場入りして頂きたいなあと思う。

試験が初めての人/二度目以上の人、共に注意事項がベタでわかっていても、着席して頂かないと、内容を繰り返したり、個々に対応せざるを得なくなりますので。

いずれにしても、無事に終了。お疲れ様でした。

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以上の見解は綿貫個人のものであり、日本中国語検定協会は何の関係もありません。←一応ね。

地蔵王廟(中華義荘):神奈川県横浜市中区大芝台

地蔵王廟:門2007年3月8日,中華街で食事後に所用を済ませ,最後の目的地,地蔵王廟(中華義荘)に向かう。

中華街から歩いて20分ぐらいの小高い丘の上にある。ここには1994年に初めて来てから,よく訪れている。

もともと中国人墓地は山手外国人墓地の一角にあったが,1873年に現在の場所に移ってきた。一番多い犠牲者は関東大震災(1923年)時であるが,本来の中華義荘の役割は,死者の遺体を故郷に送るための棺船に乗せるための一時的な安置所に過ぎなかったという。

地蔵王廟:像関東大震災後になると,船は来なくなり,次第にこの地に埋葬し,日本に根付く華僑が多くなってきた。敷地内には,関東大震災の慰霊碑も数多く建つ。

『神奈川新聞』2005年(平成17)4月2日号によれば,中国人の墓参りは清明節(4月5日)であるが,最近では日本人と同じようにお彼岸に来る人も増えてきているという記事が紹介されている。

本尊の,地蔵菩薩信仰は,中国では唐代(7世紀)に始まり,唐末に民間の道教信仰と結びついたと言われている。こちらの地蔵王菩薩座像(横浜市指定有形文化財)は,1892年(光緒18・明治25)制作であり,当時の清朝官人のような風貌をしているのが特徴的である。

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地蔵王廟:本殿◇中華義荘(地蔵王廟)

住所:神奈川県横浜市中区大芝台7番地

開門時間:午前9時から午後5時(入山4時40分まで。裏門は午後4時まで)

横浜中華街・知味鮮:神奈川県横浜市中区山下町

麻婆豆腐022007年3月8日,関帝廟通りをそのまま東へ。山下町公園(旧中国領事館跡)向かい側に,中国料理・知味鮮がある。

外観は,一見してごくふつうの中華料理店に見える。またウインドウを見ても,ランチメニューがなく,コース料理の案内だけなので,入るのに躊躇するお客さんは少なくないと思う。でも,ここは知る人ぞ知る四川料理の専門店。

入るのにちょっと躊躇したが,迷うことなく麻婆豆腐を頼む。すると「ふつうの麻婆豆腐と陳麻婆豆腐とがありますが?」。もちろん,陳麻婆豆腐(辛いほう)を注文する。一緒にチャーハンも。

周りの客は,みなコース料理。小生は一人だけで単品。いい加減,一人で中華料理食べるのよそうよ自分…,と考えつつも相手がいないのでどうしようもない。

麻婆豆腐チャーハンに遅れること約3分。陳麻婆豆腐が出てきた。どれどれ…,

 あれ,美味しい…

それほど山椒をきかせてあるわけではないが,小生には現地に近いほどよい辛さ。ま,一般人から見れば,だいぶ辛いんじゃないかと思うけれど。辛さと甘さとしょっぱさとコクと,こんなに麻婆豆腐って美味しいんだ,と感じた瞬間でした。

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◇知味鮮(ちみせん)

 住所:横浜市中区山下町188

 営業時間:11:30〜21:00(月曜日定休)

横浜中華街・関帝廟:神奈川県横浜市中区山下町

関帝廟2007年3月8日,横浜高島屋で北京故旧博物館展を見終えて,別用のため横浜中華街に戻った。

写真は,よく知られている横浜中華街関帝廟。言うまでもなく,三国志の英雄関羽が祀られている。周倉(左)と関平(右)もいます。

中国人の居るところ関帝廟あり。ここ横浜中華街の関帝廟は1873年(明治6)に落慶。ところが,1923年(大正12)の関東大震災にて倒壊。すぐに再建されたが太平洋戦争の空襲にて1945年(昭和20)に消失。

戦後に再再建されたが,1986年(昭和61)に不審火で消失。現関帝廟は第4代目で1990年(平成2)8月14日に落慶したもの。

小生が初めて横浜中華街に来たのは,物心つく前であるが,自らの意志で初めて来たのは,高校3年の時(1988年)であった。第3代目の関帝廟が不審火で消失したのも,新聞で読んだことがあり,初めての訪問時には,この場所はアルミの板で囲まれおり,中の様子をうかがい知ることはできなかった。

満洲人の居住する満城や駐防地にも,必ず旗ごとに関帝廟が存在していたことが知られており,漢人だけの信仰対象ではなかったことがうかがい知れる(北京藍淀廠ほか)。

第46回:いけばな協会展(銀座松坂屋7階催事場)

お花2007年3月11日昼,仙台帰りそのままに銀座に立っていました。

お世話になっている坂巻佼星さん,紫星さんの母娘の展示があるというので,ご挨拶方々見学に行ってきました。紫星さんは,卓球の合宿とかで不在。

ご存じの通り,小生はいけばなとは全くかけ離れた生活をしていますが,折角ご案内していただけるというので,講義を聞くようにして拝聴しました。結局,それぞれの流派ごとに研究のような「お約束ごと」があるんですね。私がこの日覚えたのは「枯れづくし」而已。

写真は,手前が佼星さん作品,奥が紫星さん作品。撮影位置が悪くてすみません。この写真からは分かりませんが,当日はすごい人手だったのです。

その後,よく存じ上げる方,存じ上げない方たち7名で昼食。

落雁帰りにおみやげを頂きました。名古屋の落雁「二人静(ににんしずか)」。佼星さんは,現在「落雁絶滅阻止委員会(仮称)」を設立し,若い人たちに落雁の存在と味を伝播しようと考えているとかいないとか。

昼食後,小生は寝不足だったので先に失礼しましたが,他の方々は,再び7階に上られていました。

横浜中華街・媽祖廟(天后廟):神奈川県横浜市中区山下町

馬祖廟:門2007年3月8日,横浜高島屋へ北京故宮博物院展を見に行く前,時間があったので,「媽祖廟(まそびょう)」に立ち寄った。

この土地は,2004年6月,本来マンション建設用地だった場所を,近隣の店主や地域住民が建設反対運動を起こした。そして横浜中華街発展会共同組合が買い取り,海の神「媽祖廟」を建てることとしたことで知られている。このことは,以前,長崎平戸の媽祖廟のところで紹介した(媽祖廟:長崎県平戸市)。

媽祖とは,北宋時代に実在した女性。神通力をもって,航海の安全や人々の病を癒したことから,歴代皇帝は彼女に様々な尊称を与え,その善行に報いたという。

馬祖廟:本殿中国人コミュニティでは,三国志の英雄関羽を祀る「関帝廟」とともに「媽祖廟」が存在するところが多い。媽祖は中国人の海外移住と共に,台湾・琉球・東南アジア・琉球・日本などにある。日本では鹿児島県坊津・長崎県内・茨城県水戸市・同県北茨城市・青森県大間町などで,日本の弟橘媛信仰などと混淆しながら天妃として祀られているという。

この横浜中華街の媽祖廟では,今度の土曜日,3月17日(土)に「媽祖祭」がおこなわれる。

 11:00〜 拝神儀式(媽祖廟)

マソ:ポスター 15:00〜17:00 神輿の巡行:天上聖母駕臨(中華街全域。雨天変更有り)

小生は私用にて見に行けません。左側のポスターはクリックすれば大きくなるので,参照してください。

媽祖廟HP(日本語):http://www.yokohama-masobyo.jp/jp/index.html

祝新春快楽!

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明けましておめでとうございます!

本日は,旧暦の元旦です。

今年は2月18日で,例年に比べれば,だいぶ遅い気がします。が,このブタ年,目標を決めて,脇目もふらず,がんばりたいと思います。

羊肉串

羊肉串留学中は,北京・上海を問わず,よく食べていた羊肉串。独特のスパイスをかけ,5本・10本とパクパクこれだけを食べていた。

その羊肉串を頂いてきました。しかも,写真上を見て分かるように,自分で焼くこともできる(もちろん,お店の人に頼むことも可)。1本150円也。

結局2人で30本は頼んだから,単純計算で一人15本。ひたすら羊肉串だけを食べた。ただ,2人とも体調が優れなかったので,「まぁこんなもんでしょう」といった感じ。いやぁ,やっぱり羊は美味しいですね。羊最高〜☆

羊肉串看板中国延辺の朝鮮族が経営しているお店とか。

黒烏龍茶の歌:サントリー

CMでおなじみのサントリー黒烏龍茶。

以下のウェブサイトにて歌を聴くことができる。歌詞もアップされている。日本語訳と発音のルビ付きなのも嬉しい。

「黒」の部分が「クロ!」って日本語なのがいいよね。

http://www.suntory.co.jp/softdrink/kuro-oolong/cm/song.html

日本語バージョンもあり。

試験監督補助

6b2e9e53.jpg今朝から、第60回某検定試験の試験監督補助で新松戸に来ました。

これまで、日本大学理工学部への通勤ルートで通過するだけでしたが、会場が流通経済大学(松戸校舎)ということで、初めて降り立ちました。

校舎は駅から3分、見た目はビジネスビルみたいな感じです(写真参照)。大学の校舎に見えずに、一度通り過ぎてしまった方もいらっしゃいました。

午前は準4級、午後は2級を担当しました。今回の2級はリスニング、筆記ともに難しかったように感じました。

日文中訳の追い込み

久しぶりに全文翻訳を試みています。あと一両日中に,一本あがりますが,何が一番大変かって・・・。

日本語の能力不足が一番響きますね。原文に相応しい日本語。なまじ原著者を知っていたりすると,普段の調子で彼自身が日本語で話しているのを想像しながら訳します。

翻訳すると日本語能力が一歩(だけ)進歩した気がします。実際には,まだまだなんでしょうけれど。

あー,頭痛がする。知恵熱から出たんでしょうか。

上海:南京路のローソン

 

写真は,上海・南京路のローソン(羅桑)。上の文章とは,全く関係ないです。

「周恩来ここに学ぶ−東亜高等予備学校跡−」(千代田区神田神保町2−21)

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昼間に神保町・三崎町に用事があったのでそのついでに。

この碑が建てられた1998年は,日中友好20周年と周恩来生誕100周年にあたる。周恩来が,中国近現代史で欠くことのできない人物であることは,いまさら言うまでもないが,その周恩来が1917年から19年までのわずか2年間ではあるが,日本に滞在し,挫折を経験していたことを知る人はあまり多くない。

小生は,東洋史や中国語の講義で,近くの日本大学通信教育部や日本大学理工学部(駿河台校舎)に出講する際には,できるだけこの碑文や周恩来などに触れるようにしている。時間があれば見てくることを勧めている。講義やレポート採点などをしていると,どうしても ̄鵑す顱き∪里僚侏荵と二段構えで興味を示さないか,あさっての方向で捉えられているように思えてならない。

歴史の問題意識というか,問題点というか,キーワードというか,自分には全く関係ないんだ,歴史なんて記憶なんだと,これまで考えている受講生には,そうじゃないよとの思いで,まずは自身との接点を求めてもらえればいいな,と思います。まとまりませんが。

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管理人プロフィール

出身地:群馬県前橋市

履歴:高校卒業後,日中学院より中国に3年間留学。印刷関連会社勤務を経て,日本大学通信教育部(史学専攻)から日本大学大学院文学研究科史学専攻(博士前期課程)へ。日本大学大学院文学研究科東洋史学専攻(博士後期課程)満期退学。博士(文学)

現職:非常勤講師ほか

専攻:清朝史・満族史・東北アジア民族史・東アジア史及び満洲語文書資料。

タイトルの“tere inenggi”とは満洲語で“その日”という意味です。

現在,歴史学・東洋史・中国語(漢語)・コンピュータ情報リテラシー等の講師をしてます。講義では,できるだけ多様な視座を提供したいと模索中です。

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