tere inenggi

研究(満族史・清朝史・東アジア史)や講義(歴史学・東洋史・中国語[漢語]・コンピュータ)等の備忘録

2006年度:東洋史特講1(日本大学文理学部)

東洋史特講機米本大学文理学部):非公式

諸般の事情により,課題レポートを提出できなかった学生は,すぐにメールにて綿貫まで連絡するように。今月末まで。

メールアドレスはすでに通達済み。忘れた学生は,ここの「メール送信フォーム」から送るように。

以上。

第12回:東洋史特講機米本大学文理学部)[最終週]

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17名,「欠席願(5/16分)」1名。

最終週「現代の北京と遺跡」。ビデオを見せようとしたが,引越の後始末が終わらないため見つからず。これまでのまとめ及び北京に住むオロス人(ロシア人)とイエズス会宣教師の話をした。さらに北京西北郊外の「藍靛廠火器営」調査時の写真を見せて,再開発前の姿を紹介した。

任意のレポートも現時点で5通出ました。小生は2〜3通と思っていただけに,嬉しい限りです。

それではみなさん,定期試験替わりの「レポート」がんばってくださいね。

第11回:東洋史特講機米本大学文理学部)

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18名,「欠席願(6/6,6/13,6/20×2)」。

先週の故宮ビデオ鑑賞をうけて,「清代北京城」について考察した。)洲人の歴史的変遷,∪饗緞無の満洲文化について説明。そのうち,紫禁城の扁額については,光緒『大婚図』が手に入ったので,そちらを見せながら,現在の観光地としての故宮に見える扁額とは,かなり違ったイメージを持つことを指摘した。

セメスター制なので,いよいよ来週は最終週です。

第10回:東洋史特講機米本大学文理学部)

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16名,「欠席願」2通(6/6と6/13)。

先週の「永楽帝定都」と次週の「清朝の入関」との間にあたるので,故宮に関係するビデオを見せて感想文を書かせた。小生が考えつかないことを感想文として書いてくるので,楽しみでもあり,驚きでもある。

それからテストについて説明した。提出方法は先週出した任意のレポートと同じ。違うのは提出先が教務課であること。出題方法は昨年度と同じく,。殻笋ら1問を選択して論述形式で回答,講義の感想。

△盧療世靴泙垢里如どず書いてくださいね。良かったところ,悪かったところ両方書いてもらうと助かります。今年度は,準備時間があまりとれなくなったので,途中からパワーポイントをやめてますので,評価も多少気になります。今後の講義の参考にさせていただきます。

第9回:東洋史特講機米本大学文理学部)

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17名,「欠席願(6/6)」1名,教育実習証明(6/26-7/14)1名。

表題は「明の永楽帝による北京遷都」。元明の流れと北京遷都の捉え方を紹介したのち,永楽帝による永楽元年から19年正月元旦の朝賀の儀礼までの,遷都プロジェクトを,史料から検証した。

また「平常点」の一部として,「レポート」を課した。締切は7月4日(火)授業終了時。それから,前期末テストについて,方法を取り決めた。

第8回:東洋史特講機米本大学文理学部)

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12名。下書きはすでに上がっており,昨晩にワープロ打ちをして「さあ,プリントアウトだ!」とEnterキーを押した途端,マンガの一場面のようにそのファイルがぶっ飛びました。パソコンを再起動し,ファイルを開いたところ「バケバケ〜♪」で,呆然。時刻は0時半をまわっていました。ポーン♪

ウエブサイト上をくまなく見て,いろいろと試したけれど効果無し。一応,ラフもあるので,「明日は手書きにするか〜」と思ったけれど,配付プリントは従来の3枚より2枚多い5枚分。う〜ん。時刻は2時をまわっていました,ポーン♪

もう一度,サイトを見回したら,「修復ファイルで開く」が見つかり,これが最後と試したら,テキストだけ復活。「あれ,図は,表は,系図は?」。なにはともあれ,もう一度レイアウトしなおし。どうにかこうにか仕上げたときには,空が白んでいました。時刻は4時半をまわります,ポーン♪

「大元ウルスと大都の建設」。ここ3回ぐらいは,「0,はじめに」として高校で習った流れを,空欄形式で復習してから,「1,〜」に入っています。また何を考察するのかも,できるかぎり触れています。これやりすぎると,ウソ教えることになりかねないので,深入りしないように注意しています。

今回は,‖臈圓望貊蠅魴茲瓩人由,大都都城の形式は中国式なのか,B臈圓竜’宗い量簑蠹世鮟个靴童‐擇靴泙靴拭このクビライの大都建設によって,燕京地区は一躍世界の主要都市に躍り出ることになりました。

講義内容について

中国語ではなく,専門科目について。

変更こそあるものの,一応シラバスで講義内容を出している。ただ,最近は講義中に熟睡する学生が少なくないのも事実。小生はこれを責めるつもりもないし,資格もない。ただただ定期試験に合格してさえくれれば。

昨年度は,定期試験を受けた学生は全員合格しました。出来もそれなりに良かった。しかし,今年度は「幽霊学生」が多く,しかも睡眠学習ときた。宰相さまのおっしゃるとおり,少しでも講義が分からないと寝てしまう。

今回の講義は,当初「東北アジア民族史」にしようか「北京史」にしようか悩みました。結局は,難しい「北京史」にしたので,講義内容も毎回水準が異なると思います。ただ,気になったのは,どちらの講義になったとしても,講義の背骨と考えた 崟服王朝」→◆崟服王朝批判」に話が移った途端,睡眠学習者が多くなったことです。「ソグド」とか「燕雲十六州」とか「金中都における女真的部分」とか。つまらないのかなぁ。わからないのかなぁ。

中華王朝史からではない視座を提供しようとした場合,中央アジア史や東北アジア史などから眺める,つまり地図を逆さに見る視点はそのひとつであるが,説明不足なのか,講義内容がつまらないのか,睡眠学習。

一応,プリントを配ってはいます。或いはそれに安心して寝てしまうんですかね。でも,一番大切な事柄は実は「書いてない」のです。

小生は昨年度は,できるだけパワーポイントを使って講義をしてきました。しかし,パワーポイントは講義での使用ともなると,時間の調整がやりにくくなる,スクリーンの画面に脳みそが左右される,準備時間が倍かかるというので,途中からしばらく使わないでいます。講義と同じくらい大事な本業の研究時間をとらないといけないしね。

小生も小難しい講義をしているつもりはないと思います(例えば,専門の八旗制度を詳しく解説するとか)。特殊講義・・・まあ,まだ初めて日も浅いので,これからですかね。

そんななか,きちんとペンを走らせている学生がいることも知っています。がんばってください。

第7回:東洋史特講機米本大学文理学部)

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17名。今朝,受講生名簿をもらったが,それによれば30名とある。毎回のプリント準備は25人分だったので,かなりビックリ。まだ全く顔を見せていない学生もいるようです。

「金の中都」と題して,女真人の金王朝の政治的な流れと,中都との関係について講義した。

熙宗−海陵王−世宗(熙宗を殺して即位した海陵王,また海陵王を事実上殺して即位した世宗)は,ともに中央集権化を模索・強化しようとした。そのなかで,海陵王は上京会寧府から中都へ遷都し,世宗も中都を使い続けた。しかしながら,世宗は女真の旧習俗を重視していた皇帝として知られている。この世宗と中都城周(外郭)との「空間構成」について言及した。

今回は,シラバスにはなかったテーマだけれど,次週の大都建設の話とリンクするところが多いので,あえて組み込んだ次第である。

ようやく多「民族」交錯地としての「北京史」っぽくなってきました。

第6回:東洋史特講機米本大学文理学部)

20名。「欠席願(5/16)」1名。

「遼帝国・金帝国」と題して,遼金史研究の流れと捉え方を講義。

「中華王朝史」「周辺民族史」や,以前の講義で紹介した「征服王朝論」を再び取り上げる。「征服王朝論」は,戦後東洋史に新しい風を吹き込むものであったが,今回は遼金を幅広く捉えるために,あえて批判的に検討した。

また有名な「燕雲十六州」割譲問題をとりあげ,いわゆる「五代(中華王朝)」が,漢人というよりは,沙陀突厥や契丹・ソグドなど多彩な「民族」が活躍する舞台であったことに言及した。

第5回:東洋史特講機米本大学文理学部)

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参加者は20名,「休講願(5/9分)」1名。

「<安史の乱>の読み方」と題して,ソグド人の紹介。

4月26日の朝日新聞に「見えてきたソグド人」の文化面特集記事があったので,それを使う。また『安禄山事迹』を利用。途中,安伽墓の写真を見せながら,中央アジアのソグド人と葬儀の違いを説明した。

そして,北京の位置及び一地方の反乱だけでない,中央アジア全体の変動にも触れた。

それにしても,小生がソグドの講義をするなんて思いもよらなかった。うまくまとまったかどうか不安だけれど,調べていておもしろいです,ソグドは。

第4回:東洋史特講1(日本大学文理学部)

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参加者は20名。

「万里の長城と異民族」と題して,一般的な長城の定義を確認。

それから,^貳姪な定義とは異なる長城の起源(春秋戦国時代)を紹介,∨無郊外の長城と,戚継光による大幅な改修,の謀貭団江襦蔑謀貶它),ァ蒜六圈標魄廖きΤ原・撫順馬市と女真人などを説明。

また,中華思想,─崟服王朝」論と「漢化」についても言及。体調は相変わらずすぐれず。淡々と授業を進めたため,学生さんには申し訳ないことをしました。

第3回:東洋史特講1(日本大学文理学部)

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21名,うち初めての学生2名。

「北京原人の発見」と題して,1987年に世界文化遺産になった周口店の北京原人遺跡を中心に講義。〕名な1929年12月の頭蓋骨出土の前に,ツダンスキーによる臼歯出土と学会報告によって人類学会の注目を浴び,組織的・計画的発掘が検討され,アメリカ・ロックフェラー基金の援助をうけたこと,△修譴当時の「進化論」の認知度と大きく関わっていたこと,人類中央アジア起源説を想起させたこと,に無原人化石の失踪と日本人との関わり合いを指摘。

最後に,現在の北京原人の扱われ方,課題点についても言及した。参考文献として,賈蘭坡『北京原人匆匆来去』(日本経済新聞社ほか,1984年),ミステリー小説ではあるが,クレア=タジシアン(松本清張訳)『北京原人失踪』(講談社,1979年)を紹介。

毎回オチにこだわる必要がないことを感じる講義でもあった。

第2回:東洋史特講1(日本大学文理学部)

参加者24名,うち初めての学生6名。

「急激な変化を遂げる北京」と題して,”チャイ(拆=取り壊し)”される四合院・胡同(フートン)に注目。四合院の大門・中門(垂花門)にある門墩(メンドゥン)を取り上げて,身分・地位などによって形状が異なることを紹介する。また簡単に都市・北京の地理・歴史を概観する。

張り切りすぎのためか,時間配分を誤り,「伝統北京と北京開発」部分が終わらず,次回へ。

「詰め込みすぎ」「内容が平易」。どうも今日はいつまでも離陸せず,滑走路を走りつづける飛行機の様な気分。講義が終わってから,こういう組み合わせにすればよかったなどと反省。

北京史の構築は難しい。

第1回:東洋史特講1(日本大学文理学部)

初回はガイダンス。20名。

採点の時に面倒なことが起こらないように,講義データの管理を強化。自前の「遅刻届」「授業欠席願」は,減点のためではなく,理由ある遅刻・欠席を証明するものであることを説明。

昨年度の「東洋史特講7」を受講していた学生さんで,また今日出席していたのが数名いたのが嬉しかった。こちらこそ,よろしくお願いします。

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管理人プロフィール

出身地:群馬県前橋市

履歴:高校卒業後,日中学院より中国に3年間留学。印刷関連会社勤務を経て,日本大学通信教育部(史学専攻)から日本大学大学院文学研究科史学専攻(博士前期課程)へ。日本大学大学院文学研究科東洋史学専攻(博士後期課程)満期退学。博士(文学)

現職:非常勤講師ほか

専攻:清朝史・満族史・東北アジア民族史・東アジア史及び満洲語文書資料。

タイトルの“tere inenggi”とは満洲語で“その日”という意味です。

現在,歴史学・東洋史・中国語(漢語)・コンピュータ情報リテラシー等の講師をしてます。講義では,できるだけ多様な視座を提供したいと模索中です。

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