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研究(満族史・清朝史・東アジア史)や講義(歴史学・東洋史・中国語[漢語]・コンピュータ)等の備忘録

2007年度:東洋史特講3(日本大学文理学部)

平成19年度日本大学通信教育部見学会:東京都千代田区九段周辺

吉田茂銅像平成19年8月12日(日)、平成19年度日本大学通信教育部史跡見学会がおこなわれた。

毎年、夏期スクーリングの途中の日曜日一日で、午前中(10:00〜12:00)に「卒業論文執筆体験談」(今年は日本大学通信教育部1号館202講堂にて開催)が、午後1時からは「史跡見学会」が、東アジア関係史研究会(高綱ゼミ)と近世史研究会との合同で開催されている。

今年の「卒業論文執筆体験談」は、関心を持っている受講生が多いのか、約50名の大盛況でした。とはいえ、小生は午前中お仕事のため半分ほどしか参加できず。

午後の「史跡見学会」は、九段下駅→清水門→北の丸公園→吉田茂像→田安門→靖国神社→大村益次郎像→遊就館(解散)でした。

小生、清水門をくぐるのは初めて。北の丸公園は昭和44年に昭和天皇の還暦を記念して開放されたとのこと。管理はどうやら環境省(建設省から)らしい。公園内には昭和56年に立てられた吉田茂像があるが、どうしてここに吉田茂像なのかは不明なままであった。

田安門近くには日本武道館がある。門の位置からは田安門に位置するが、絵図からみれば、御三卿の清水家の屋敷跡になるらしい。

遊就館松原太郎氏(日本大学資料館設置準備室)からは、日本大学発祥の地である飯田町(飯田丁)の説明があり、田淵正和氏(同上)からは、靖国神社の石燈籠に日本大学学祖・山田顕義の名前が刻まれている旨の説明があった。

同じ長州出身者として、大村益次郎銅像の建立にも山田顕義が尽力している。

その後、靖国神社遊就館(写真下)を見学。お盆休みに入ったばかりのせいか、ずいぶんと混んでいた。

午後4時半に解散。その後、5時からの懇親会に参加。それから、(0次会もあり)3次会まで参加し、カラオケに喉を痛めつつ(?)も、楽しい時間をすごして午前2時前家路についた。

当日の見学会のスタッフや諸先生方お疲れ様でした。また翌日からスクーリングを控えながら3次会まで飽きもせずにお付き合いいただいたSさんには、特に御礼申し上げます。

公主墳:中国北京市海淀区

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現在の北京には「公主墳」と呼ばれる地名が数ヶ所ある。

公主とは皇族の娘を指すが,ここで紹介するのは,地下鉄一号線の駅や空港からのシャトルバスの西端の起点としてよく知られている「公主墳(中国北京市海淀区)」,その被葬者は諸説あるが,有力なのは定南王・孔有徳の娘・孔四貞である。もちろん遺構は何も残っていない。

順治9年(1652),孔有徳は李定国に攻められて桂林で自刎,(「旧定南王府」「桂海碑林博物館」を参照),孔有徳の子・孔庭訓は李定国に捕らえられ,娘・孔四貞は一人北京に落ち延びた。

順治帝は,節に殉じた孔有徳に「定南武壮王」の諡号をおくり,北京城阜成門外に「孔王祠」を立てて祀ったが,すでに清末には廃れていたという。

孔四貞は宮中撫育され,漢人としては特別に和碩公主に封じられた。後に許嫁であった孫延齢(もと孔有徳の与力・孫龍の子)に嫁いだ。順治帝は共に広西で軍務にあたらせたが,三藩の乱(1673-1681)が発生すると孫延齢は呉三桂に投降する。孔四貞はこれに反対して,呉三桂軍を討伐し,乱が鎮圧されると康煕帝によって再び北京に呼び戻された。孔四貞は康熙52年(1713)に死去した,97歳の長寿であった。

孔四貞の死後葬られたのが,この宣武門外の「公主墳」であるという。父・孔有徳の「孔王祠」も阜成門外なので,父娘が近くに祀られていることになる。

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写真は『八旗通志(初集)』巻一七八・「名臣列伝」三八より,孔四貞の部分。

たまたま調べ物をしていたら「公主墳」の由来が分かったのと,今年度の日本大学文理学部前期「東洋史特講3」で孫延齢のことを聞かれたままペンディングしてあったので,その回答を兼ねて(←聞いた学生さんが見ているか分からないけど)記した次第である。

[試験]:東洋史特講3(日本大学文理学部)

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本日7月31日は,日本大学文理学部前期日程試験の最終日。

教室は1号館118教室,受験者は13名。履修登録が19名だから,未受験者は6名ということになる。

授業終了からすでに2週間経っているが,問題は通達済みなので,心配なく試験に臨めたことと思う。みな周到に用意してきたからか,ほとんどの学生が試験終了まで鉛筆を走らせていた。

最後に講義の感想(良かった点,悪かった点や改善して欲しい点)を書いてもらったが,改善して欲しい点は,昨年同様「1限目の授業だったこと」だそうだ。そのほかには「雍正帝時代についてくわしくしりたかった」「乾隆年間以降にも触れて欲しかった」「チベットと清との関係には,もう少し時間をかけないとちゃんと理解するのは難しい」「裏話とか,もうちょっと聞きたいところなどが流されてしまうのが悲しかった」などがあった。

小生としては,この講義を通じて,これまでの通説やひとつだけのものの見方だけでなく,視点・視座を変えると,(一元的な見方ではなく)また違う見方ができるという一例を提示したにすぎません。複眼的なものの見方や,いろいろと「知る楽しみ」を持ち続けていただければ嬉しく思います。

採点はこれからですが,今日の試験,お疲れ様でした。

第13回:東洋史特講3(日本大学文理学部)[最終週]

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朝起きたときはまだ曇っていましたが,5時過ぎから雨が降り出し,桜上水に来るとき本降りになってました。でも10:30に講義が終わったときには止んでました。はやく梅雨が上がらないかなぁ。

セメスター制なので本日は最終講義。第13回は「ビデオ鑑賞」。

すでに試験問題は通知済みのせいか,普段より5名近く少ない。

鑑賞するビデオはいろいろと考えたが,今年度の講義の視座から見ている内容のものはほとんどない。中国のDVDも間延びしているし。…ということで,ひととおり満洲族や中国内地,避暑山荘などが描かれている番組をひとつ選んだ。

これまで12回の講義をふまえて感想文を書かせたところ,きちんとメモをとって見ている学生がちらほら。で感想はというと,やはりよく書けているものが目立つ。また,視座の違いはさておき,番組中の誤字などを指摘したものもあった(すごい)。

「任意の宿題」が2通提出された。ありがとうございます。

この講義の試験は7月31日(火)1限目です。すでに問題は通知済みなのでがんばって準備をしてください。

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小生の試験は,語学以外は前もって設問を隠すことなく通知することにしている。なぜなら,試験当日に60分で内容を組み立て,論述形式で記述させた場合,とても読めたものでない解答が多かった経験からである。これは読む方も苦痛である(自分が学生だったころ,このようにして先生に苦痛を与えていたことを後で知った・笑)。だったら前もって時間をかけて準備してもらいましょう,というのが本音。

もともと小生の講義は,毎回プリントを配付しており,それに沿って講義をするが,毎回プリントに書いてないことにも言及・板書している(欄外にメモしてもらうしかないが…)。つまり,出てきた学生と出てこない学生(遅刻も含む)とで,必ず差が出るようになっているのである。もちろん出てきて寝ていても,出てこない学生と同じ結果となる。プリントは休んでも後日取りに来れば必ず配付するが,それだけ見ていてもおそらく何が書いてあるか分からないと思われる。

プリントに書いてあるものをまとめただけではかろうじて合格点。授業中聞いていて,メモを取っていて解答用紙にきちんとまとめてあれば加点,また「任意のレポート」や「参考文献」を見てプラスαがあれば(講義時間外の勉強),さらに加点ということにしてある。

こんなこと書いていても,あまり楽しくないなぁ。

第12回:東洋史特講3(日本大学文理学部)

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今朝は雨でした。その後,止んだり降ったりしています。

第12回は「露清関係とネルチンスク条約」と題して講義した。

内容は,ラテン文・満文・漢文の(それぞれ日本語訳された)条約について,.薀謄麒犬繁文,∨文と漢文を読み比べた。とくに漢文の条約独特の書かれ方を詳細に検討した。

とりわけ,ネルチンスク条約は,一般的知識では,「中国とヨーロッパの国が対等に結んだ条約」として知られている。これが生まれた1940年代以降の政治的背景を説明して,結果としては同じものだけれど,この「東洋史特講3」の講義とは視座が異なっていることを紹介した。

この講義は「資料を読んで」という方法をそれほどとってこなかったが,よくよく名簿を見たら2年生が多かった。今後の歴史研究のために,私たち研究者がおこなっている地道な「資料読み」を,簡単ながら今回体験してもらい,ワークシートに書き込みながら,条約本文の違いを認識してもらった。

細かくて学生は疲れたと思うけれど,時間内のレポートを読む限りはやってよかったと感じた。こういう特殊講義もよいかも。改良してまたやってみたい。

本日だけで「任意の宿題」が4本も提出された。大変喜んでます。

次週は「麻疹(はしか)休講の補講」で,第13回の講義になります。場所・時間は通常通り,1号館134教室で,7月17日(火)午前9時から10時半(1限)になります。

小生の東洋史特講3は最終回です。

第11回:東洋史特講3(日本大学文理学部)

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第11回は「清朝における『国語』としての満洲語の地位」と題して講義した。

内容は, 峭餮譟廚箸靴討遼洲語,◆屐繁洲アイデンティティ”の消失」,清末における「国語」=満洲語の地位,について学んだ。

とりわけ,〇代をくだるにしたがって,徐々に言語的・社会的特徴を消失し「漢化」したとされる満洲人,∪極の宮中における満洲語の地位と権威,B亞宛鮠弔砲△燭辰討両鯡鹹結と満洲語・漢語の位置づけなどを中心に紹介した。

「国語」とはいえ,近代国家でいう国語とはまったく異なるが,とくに講義上は問題はなかったと思う。これまでの「漢化」の見方一辺倒でなく,シンボリックな満洲語を見つめ直すことで,これらの問題は見えてくるように感じた。

第10回:東洋史特講3(日本大学文理学部)

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第10回は「康煕年間における外モンゴルの帰順」と題して講義した。

内容は,.ルダンの外モンゴル(ハルハ部)侵入,▲皀鵐乾襪肇船戰奪箸箸隆愀検き清朝とジューンガルとの戦い,について学んだ。

とりわけ,ガルダンと言っても知らない学生が多いことから,これら一連の歴史的な流れを理解するための用語解説に,結果的に終始することとなった。例えば,.皀鵐乾襪虜戸磧Ρν磴療貔召任琉銘屐き▲皀鵐乾襪肇イラトとの関係,モンゴルとチベットとの関係,ぅ船戰奪畔教での「転生」や「活仏」,ゥ献Д屮張鵐瀬鵐弌瓮曠肇トについて,などである。

題名こそ,康煕年間と記してあるが,実際には簡単ながらも乾隆年間のジューンガル滅亡と新疆の設置,外モンゴルの独立にまで言及した。

授業最後のレポートでは,高校の世界史で習う「タタールとオイラート(韃靼と瓦刺)」という表現の誤りについて指摘した部分について記述したものが目立った。自称ではない明朝側の言い換えの思惑に見事陥っていたことになるが,実はかつて小生もその一人であったことから,この部分だけはきちんと説明しようと考えていた次第。

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メモ:「新疆」を「新彊」と書いたレポートが多かった。似て意味の全く異なる漢字なのだけれど…。

第9回:東洋史特講3(日本大学文理学部)

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第9回は「康煕帝の即位と三藩の乱」と題して講義した。

内容は,―膽D詈御時の自己批判,∧綫四大臣の専横から康煕帝の親政,三藩の乱をめぐって,について学んだ。

とりわけ,(綫四大臣については,順治帝即位当時からの絡み,∋鞍佑陵陲砲弔い討蓮そ祥茲隆繊λ洲の二「民族」対立や,北京対中国南部との構図という捉え方のほかに,中央政界の変動の波及という部分に焦点をあてて検証した。

ところで,授業最後のレポートでは,質問も受けついていて,学生が疑問に思ったところを随意記せるようにしてある。毎時間,多くの質問・疑問が出てくるのは嬉しい限りなのであるが,ときどきこれらの質問・疑問とは,授業内容が難しすぎる(→専門すぎる)から出てきたのか,興味が沸いたから書いてあるのか考えてしまうことがある。

質問・疑問にはできるだけ,現状ありのままを答えるようにしている。なかには「自分で調べるといいレポートになるのに」と思う内容もちらほらある。楽しくも悩ましい火曜日の東洋史特講なのであった。

任意の課題がひとつ提出された。ありがとう。

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5月16日(水)〜5月26日(土)までの,はしか(麻疹)により臨時休校措置に伴う振り替え授業日に関する通知が届いた。

それによれば,火曜日の小生の講義については,7月17日(火)を補講にあてるとのこと。時間は同じ1限目(9:00〜10:30)です。定期試験時間も,7月23日(月)〜7月31日(火)の期間内に変更になります(ただし,試験時間はまだ未定です)。

第8回:東洋史特講3(日本大学文理学部)

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第8回は「清朝の入関と支配体制のゆらぎ」と題して講義した。

内容は,.疋襯乾鵑判膽D襪箸隆愀検き▲魅襯魯阻峩住より雍正年間までのハン/皇帝権力の移り変わりについて学んだ。一部,前回までの復習とかぶるが,授業最後のレポートでは理解しきれていない学生がいたので,繰り返すこととした。

とりわけ,‘関後における旗王の立場,∩蠎,依陳襦塀膽・康熙)の即位,9熙年間から雍正帝の諸改革,及び皇帝集権は,概観だけをまず紹介したことから,いろいろと疑問を持って,レポートに書き込んであった。これらの疑問点・要望点などをもとにして,残りの講義内容を組み立てられればと思う。

それにしても,これまでの講義で合議制とか八旗の連邦とかを紹介すると,「なんで皇帝独裁にしないのか」とかいう意見が多かった。「独裁」を権力の最も“発展”した形として,最も“尊い”支配体制ととらえたレポートが多く,ずいぶんと頭を抱えてしまったものである。そっかぁ。そもそも「独裁」とは何ぞや? 考えてみましょう。小生自身,「東洋史特講」以外に「東洋史入門」や「歴史学」を教えた(教えている)経験があるだけに,今後の講義キーワードとして,改めて心に留めておきたいと思う次第である。

第7回:東洋史特講3(日本大学文理学部)

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第7回は「ホンタイジのハン権確立と清朝の成立」と題して講義した。

内容は,.魅襯魯舛痢崋径膾─廾聞澆了跡(プリントに書かず,口頭及び板書にて),∪饗製.曠鵐織ぅ犬離魯鷂△諒兪,ホンタイジ時期における,後金国から清朝成立にあたっての多民族性について学んだ。

とりわけ,ホンタイジが正白旗旗主からハン/皇帝に即位したこと(旗色の変更[黄←→白])や「四大ベイレ」に見える合議制から権力集中への過程,そして満洲・モンゴル・漢それぞれの人々より,それぞれの指導者に推戴された経緯について検討を加え,清朝皇帝の持ついくつか顔を見ていった。

ホンタイジの一旗主からの即位については,「太祖太后実録」編纂過程からも紹介する予定で準備していたが,時間がなく断念した。いずれ機会があれば。

前回の授業最後レポートに,シュルガチに興味を示した学生が多数いたので,国内のシュルガチ関係の論文について,松村潤「シュルガチ考」(『内陸アジア・西アジアの社会と文化』山川出版社,1983年)その他1篇を準備して紹介した。これらをまとめて「任意のレポート」として提出するのもいいかもしれませんね。

また,質問がいくつか記されていたので,それに回答した。このとき注意していることは,決してその回答が答えのすべてではないことを意識させるようにしている。できれば,小生が答えた後,学生自身が調べてもらいたいし。歴史の見方はひとつではないですし。

ひとつ疑問を解決したけれど,その先にまた新たな疑問が浮かび上がる。そういう,終わりのないテーマパークみたく疑問を持ってもらいたいと思い,質問を受け付け,答えるようにしている。でも,実践はなかなか難しいものです。

第6回:東洋史特講3(日本大学文理学部)

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第6回は「後金国の成立と八旗制の創設」と題して講義した。

内容は,仝絛盥饑立までのヌルハチの家系・行動・近隣諸国の併合,⊃獣薜譟愀州紀程図記』の内容紹介と弟シュルガチとの関係,H旗制とその編成原理について学んだ。

とりわけ,姻戚関係とヌルハチの二旗領有,及び前述のシュルガチとの関係部分が学生には斬新だったようで,時間末レポートに多くまとめられていた。

今回の講義をうけて,学生は疑問点をいろいろ持ったようで,それが同じ時間末レポート内に記されていた。これらは次回以降の予定に沿うところがあり,今後の反応も楽しみである。

休講:東洋史特講3(日本大学文理学部)

26日まで,日本大学文理学ははしか(麻疹)休講

情報は入りますが,いずれにせよ大変なことに変わりありません。

小生も休めると思いきや,ルーティン的には変更なし。こなさないといけない仕事・研究も少なくないので,普段となんら変わりありません。

そういえば,最近白髪が一挙に複数本生えているのを発見しました。こんなこと,この年になって初めてです(泣)

なんでだろう。やはり,アレか…?

どうしよう…。抜くか染めるか,そのままにするか。もともと髪自体が貴重なので,抜くことだけはパス。

第5回:東洋史特講3(日本大学文理学部)

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第5回は「清朝の開国説話」と題して講義した。

内容は,『満洲実録』に記述されている開国神話を学んだ。…糠鮖拡祥説話,▲屮リ=ヨンションの伝説,ブクリ=ヨンション後裔の伝説などについて,先行研究を見ていった。

『太祖実録』成立の過程において,ブクリ=ヨンションや長白山の説話が,付け加えられていく経緯について,「満文原档」(『旧満洲档』)の南遷(日中戦争・国共内戦)とからめて紹介した。

授業後のレポートを見ると,開国説話のほかに,「南遷」に興味をひかれた学生がそれなりにいたようだ。また,ちょっとした内輪話にも反応があったのは嬉しい。

「任意の宿題」が今週も1通提出された。

第4回:東洋史特講3(日本大学文理学部;火・1限)

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第4回は「明末における女真人社会の変動」と題して講義した。

内容は,主に女真人の生業と主従関係,永楽帝による羈縻衛所制の設立,奴児干都司,遼東辺牆の構築,馬市など。

とりわけ遼東辺牆構築の経緯と関門での馬市など,海西女真の擡頭に結びつく話を重点的に用意した。李満住にも触れたが,小生自身の頭の中で整理しきれておらず,これまでの講義で一番ベタっぽくなってしまったことが残念。

今回は,手元にあった当時と現在の遼東の地図(『全遼志』の「全遼総図」と『遼東志』の「遼東河東地方総図」)を配った。明末の遼東(辺牆内)の人々が,自分たちの空間をどのように捉えていたのかを理解してもらおうとする試みだった。

「任意の課題」がひとつ提出された。

第3回:東洋史特講3(日本大学文理学部)

日本大学文理学部1号館第3回は「扁額にみる清朝の多民族統治」と題して講義した。

この講義で初めてパワーポイントを使った。一昨年度から少しずつ手直しさせたものなので、使い勝手もよい。ただ、パソコンの立ち上がりなどで時間を費やしてしまった。

内容は。清朝の首都・北京と陪都・瀋陽、また熱河の避暑山荘の扁額を見比べ、清朝の多民族統治の一端を紹介した。

終了後の「小レポート」でも、講義の内容を理解してくれている学生が多いのは嬉しい。わずか3回終えただけだけれど。やはり、こういう扁額は視覚にうったえるのが、一番すっきりする。

次週はGW休みなので、「日本にある清朝史関係の史跡など」と題したプリントを配った。遠い異国の物語でなく、身近にも関係する場所があることを理解してもらい、できれば直接「清朝・満族に触れて」みてもらいたいから。近くでは、「杉並区立郷土博物館(旧嵯峨公爵邸)」、ちょっと離れて「千葉市ゆかりの家・いなげ(愛新覚羅溥傑氏仮寓)」、遠く離れて「愛新覚羅社(中山神社内)」など約8ヶ所を記した。「愛新覚羅社」にGWに行けというのは無理だろうけれど、一応ね。ドラマ「流転の王妃・最後の皇弟」でやっていたので、稲毛に行ってみたいと書いた学生も多かった。

「小レポート」だけでは、学生がどれだけ興味をもっているのかわからず、講義が一方通行になりがちなので、「レポート課題について」を配った。任意のもの。提出すれば平常点加算、やらなくても減点しないというもの。期限は最終授業まで。いつでも提出可。「史跡案内」「書籍や“小説”の感想文」でも、清朝史に少しでも触れていればOKとした。

GW前ということだけではないのだろうが、プリントをたくさん配った。

第2回:東洋史特講3(日本大学文理学部)

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第2回は「中華人民共和国の少数民族のひとつとしての満族」と題して講義した。

前回の復習で時間をとってしまったので、あらかじめ準備をした内容はお預け(プリントには書いてない内容)で、次回以降まわし(なのか?)。

現在の中華人民共和国の少数民族・満族からさかのぼって、「旗人=満族」の近現代史を確認し、また清代の「旗人」を構成する人々にはどんな「民族」がいるのかを理解してもらった。

後半部分は、八旗満洲に朝鮮(高麗)・オロス(俄羅斯)、八旗漢軍に黎朝(ベトナム)黎氏が含まれることを紹介していたときに、包衣高麗佐領が出てきたが、この時説明がうまく出来ず、まだ第2回なのに難しい話をしてしまったのが反省点。

「清朝皇帝簡略表」を配った。HPにアップしてあるものにバグが発見されたので、訂正版を作製した(HPのものも後日訂正予定)。

授業時間の最後にレポートを書いてもらった。レポート初回なので、「興味のある事柄を選んで自由にまとめよ」+「感想」にした。反応の良い内容のレポートが過半数でした。予備知識のある学生が複数いた。

難しい部分・話が早いことについては、やはり指摘されたが、こちらが伝えたいことはおよそ伝わっており、嬉しい限り。疑問点や要望(講義して欲しい内容・改善すべき点)も多く書かれていた。できるだけそれらを取り入れて、残り11回の講義で対処していきたい。

第1回:東洋史特講3(日本大学文理学部)

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初回はガイダンス。まだ正式人数ではないが18名がきていた。

文理学部では3年目のこの東洋史特講,昨年度と同じく「遅刻届」「授業欠席願」などを渡して説明。「受講生記録」を書いてもらうが,「授業への要望」欄は,昨年度ほど書き込みがなかったのが,ちょっと残念。

ガイダンス終了後,第1回講義として「現代中国の諸問題と清朝」と題して,私たちが知っている「中国」のうち,清朝に淵源をもつ問題及び清朝の「国語」=満洲語について紹介した。これから13回の講義が,単なる中国の歴史ではなく,清朝史・満族史に属するものであるという視座を示した。

予習したい学生のために,日本大学文理学部に所蔵(文理学部図書館または史学研究室書庫)される,清朝史・満族史関係書籍リストを一緒に配った。

昨年度受講した学生さん数名が,また参加してくれていました。ありがとうございます。初めての学生さんも,続けてとって下さった学生さんも,よろしくお願いします。

新学期の準備も本格的

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ひたすら頭が疲れた…。頂いた落雁でも食べよう…。今日はもう帰ります。

午前中は,所用もあったので,日本大学通信教育部(神田三崎町)に立ち寄る。一号館は耐震工事も無事終了したようでなにより。講師室も多少様変わりしたようだ。特に入口のカウンター。

昼食を食べて,文理学部広領域センター(世田谷区桜上水)に行きお仕事。それから来週から始まる授業の準備。ガイダンス資料でモタモタしてしまい,講義内容の準備が全然終わりませんでした。3ヶ月ぶりの準備なので,なにもかもが鈍っています。

下旬には報告もあるので,こちらの準備もしないとなりません。新しいことを言う必要はないとのことだが,それはそれで大変。その前に週明けの勉強会の準備。

いずれにしても,いよいよ本格的に新学期が始まります。忙しくなります。

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管理人プロフィール

出身地:群馬県前橋市

履歴:高校卒業後,日中学院より中国に3年間留学。印刷関連会社勤務を経て,日本大学通信教育部(史学専攻)から日本大学大学院文学研究科史学専攻(博士前期課程)へ。日本大学大学院文学研究科東洋史学専攻(博士後期課程)満期退学。博士(文学)

現職:非常勤講師ほか

専攻:清朝史・満族史・東北アジア民族史・東アジア史及び満洲語文書資料。

タイトルの“tere inenggi”とは満洲語で“その日”という意味です。

現在,歴史学・東洋史・中国語(漢語)・コンピュータ情報リテラシー等の講師をしてます。講義では,できるだけ多様な視座を提供したいと模索中です。

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