tere inenggi

研究(満族史・清朝史・東アジア史)や講義(歴史学・東洋史・中国語[漢語]・コンピュータ)等の備忘録

2007年度:東洋史特講機米本大学通信教育部)

最終試験の採点:東洋史特講機米本大学通信教育部)

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すでに提出済みであるが,2007年度日本大学通信教育部秋期夜間スクーリング「東洋史特講機廚虜療世鮟了した。

最終試験の受験者は17名。

既出であるが,あらかじめ問題を提示しているので,試験当日はそれを確認しつつ解答用紙に書き写すだけなので,準備さえしていればそれほど難しくない。とはいえ,「文字数が1300字から1600字位が望ましい」とその文字数ゆえに,残り10分前になってもまだ半数以上の受講生が残ってペンを走らせていた。

解答内容については,インターネットでのコピペはもちろん認めていないが,それ以前にインターネット上を探しても,コピペできる答えなど載っていないので,そういう意味では安心である。やってもお見通しだけれど。

解答作成については,参考文献の使用を認めており,その際には必ず文末に記すこととしたが,あくまでもそれはこれまでの講義を踏まえた補助的なものであることは言うまでもない。ごく少数ながら,小生の講義内容とかけ離れていたり(教えていないことばかりを羅列したり),視座がまったく異なっていたりしたものもあった。こういうのは減点対象。

小生は,「中国史」の視座から北京を見るなどとは言っていないし,元大都の性格を選択した解答に関して,『周礼』にもとづきつつも,そのなかのモンゴル的な要素を講義したのに,「まったくもって『周礼』の理念を具現化したもの〜」などと書かれるとなんだか悲しくなってしまう。もう少し,毎講義内でのレポートを見て気づくべきでした。

とはいえ,講義した内容をまとめ直し,受講生自身の言葉で解答したものもそれなりにありました。いずれにせよ,すでに採点は終了して提出しましたので,受講生のみなさん結果をお楽しみ(?)に。

第7回:東洋史特講機米本大学通信教育部)[最終日]

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写真は,日本大学通信教育部1号館。

日本大学通信教育部の秋期夜間スクーリング。時間は18:20-21:30まで。1日で2コマ分の講義をおこなう過密なスケジュール。

その7日目。最終日。

第13講は「天安門広場」と題して講義した。

すでに試験内容を提示しているので,最終講義はアジア世界からちょっと離れて,天安門広場について学習した。

中華人民共和国のシンボルとしてメディアに登場する機会の多い天安門広場について学んだ。天安門広場は,故宮の南側にあることから,王朝時代の歴史性と関連づけられて語られることが多いが,実際には中華人民共和国の「聖なる空間」であった。このような,天安門広場について,時期を2つに区切って,清末から現在までの写真を多用して考察した。

授業最後のレポートでは,天安門広場に思い入れがある受講生に関しては,レポートの内容も充実していた。やはり,ほかの講義でも同じであるが,内容やテーマ,切り込み方法などで,受講生自身の記憶と交叉したときに,内容の濃いレポートが完成しているようだ。

第14講は「最終試験」をおこなった。

あらかじめ問題を提示してあったので,受講生はそれを書き写すだけであったはずだが,試験終了時間10分前になっても,半分以上が解答用紙と向かい合っていた。参考文献を利用したものもあり,採点が楽しみである。

試験問題は,3問から1問を選択するもの。それぞれ元・明・清の時代に関することであったが,解答用紙では明が一番多くて半分以上の受講生が選択,残りの三分の二を元,残りが清。永楽帝の人間的な部分が受講生を引きつけたのだろうか,わからん。

今回の夜間スクーリングはこれで終了。受講生のみなさん,お疲れ様でした。いかがでしたか? 小生自身,講義が始まる前には,こういう資料も使用しようとか,こういう説も紹介しよう,などと考えていたりしましたが,完成はいつもギリギリで,結局は思った三分の一位しか実行できませんでした。今回の講義ノートは,以前利用したもののバージョンアップ版でしたが,半分以上は書き直しました。でも毎回のレポートを見て,まだ改良すべき問題点は多いようです。

第6回:東洋史特講機米本大学通信教育部)

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写真は,日本大学通信教育部1号館。

日本大学通信教育部の秋期夜間スクーリング。時間は18:20-21:30まで。1日で2コマ分の講義をおこなう過密なスケジュール。

その6日目。

第11講は「清朝と清代北京」と題して講義した。

中国最後の王朝といわれる清朝の支配層の構成員について概観した。清朝は,1636年に満洲人によって建てられ,1644年に中国内地に進出し北京に遷都したといわれる。しかしながら,その支配層は満洲人だけでなく,これまでこの講義で学んできたアジア世界の遊牧・狩猟・農耕民たちの連合体であった。

また,清代北京の「旗人」の習俗及び,満洲的な要素について概観した。清朝は,明代の北京城をそのまま利用したが,入関後には内城にいた漢人をみな外城に移住させ,内城には皇城を警護するように「旗人」だけを住まわせて,漢人との雑居にならないようにした。絵画や写真などをつかって,旗人と民人との違いについて学んだ。

第12講は「北京紫禁城の扁額にみる清朝皇帝の性格」と題して講義した。

清朝の首都・北京(京師)と陪都・瀋陽(盛京)の故宮,そして熱河(避暑山荘)の扁額を見比べて,清朝皇帝がそれぞれの民族に対して,どのように向き合っていたのかを検証した。

テスト問題を発表した。特殊講義に関しては,小生の場合,あらかじめ問題を発表しておいて,家で原稿を準備させるという方法を採用している。読み応え/採点のしがいがあるし,高得点もつけやすい。試験当日は,あっという間に書き終わってしまいそうだけれど,書き写すだけで30分から40分はかかるようです。持ち込みは,自筆のノートのみ(ワープロ可)で,配布物は一切不可。みなさん,がんばってください。

大学到着直前に気がついたが,カンペと×××××を忘れてしまい一瞬焦った。が,覚えていたので,何とか対応した。信濃町に行くときに,急いで出かけたのが原因のようだ。

次週は,前半は講義,後半は最終試験です。

第5回:東洋史特講機米本大学通信教育部)

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日本大学通信教育部の秋期夜間スクーリング。時間は18:20-21:30まで。1日で2コマ分の講義をおこなう過密なスケジュール。

その5日目。

第9講は「明の永楽帝と北京遷都」と題して講義した。

内容は, ̄奮敖襪北京に遷都した理由を概観した。明の永楽帝は,甥の建文帝を殺して即位し(靖難の変),その後,南京より北京に遷都したと言われる。通説では,甥を殺した負い目から,太祖洪武帝・建文帝の都であった南京をすて,自分の本拠地であった北平(北京)に遷都したといわれるが,その他の北京遷都のとらえ方を先行研究より紹介した。

北京への遷都は,通説では1421(永楽19)年と言われる。しかしながら,この通説は約300年後の『明史』完成後に確立したものであった。また,遷都そのものは永楽帝自身のイニシアチブであるが,そのプロセスは簡単ではなかった。その経緯を資料(正史・実録・野史など)で追った。

北京遷都の理由のひとつとして,南京における政治体制の限界について書かれたレポートが多かった。明朝が成立当初,南京を都としたのは,元朝が残した江南行御史台のハコ・システムをそのまま使ったこと,そして永楽帝の時代には,それでは限界があるので北京に遷都したことに触れていた。ここで,時間半分。

第10講は「明の永楽帝と北京遷都(2)」と題して講義した。

内容は,〜姐屬飽き続き,永楽帝による北京遷都の理由の一端を概観した,大遼・大金以降の南北関係についても触れた。

永楽帝の北京遷都のとらえ方のうち,アジア世界から見た部分については留保してあったので,それを詳しく見ていった。とりわけ,仝機μ世力続性を重視する立場や,多民族国家の形成を重視する立場については,前講を踏まえてさらに説明を加え,永楽帝によるクビライ治世の再現,「南北システム」などを説明した。

一見,明とモンゴルとは厳しく対立していそうに見えながら,経済的な交流は恒常的におこなわれたいたことに言及した。

今週が最後のヤマ場でした。残り2週間です。次週テスト問題を発表します。

第4回:東洋史特講機米本大学通信教育部)

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日本大学通信教育部の秋期夜間スクーリング。時間は18:20-21:30まで。1日で2コマ分の講義をおこなう過密なスケジュール。

その4日目。

第7講は「大元ウルスと大都の建設」と題して講義した。

内容は,‖臈垠設までの経緯を確認した。クビライ(フビライ)の所領は,現在の西安と六盤山を中心とした京兆府であったが,燕京で自立することとなる。そのいくつかの理由を追った。大都の機能と空間構成について考えた。大都がモンゴル帝国の大都市として機能するための通恵河の開鑿,大都の建設が『周礼』に倣っているように見えながらも異なる部分と皇城部分のモンゴル的要素を見ていった。

配布プリントも資料を含めて12枚と膨大な量であり,話すこともたくさんあったはずであるが,気がついたら早めに解説が終了していた。

第8講は,「遊牧国家の王族と婚姻関係」と題して講義した。

内容は,前講の重要なキーワードであった王族の婚姻関係を検証した。まず人類学よりイトコ(父方イトコと母方イトコ;平行イトコと交叉イトコ)などを紹介し,「交換婚」と「ギブ・アンド・テイク」の関係について説明した。遼の王族・耶律氏と蕭氏,モンゴルのチンギス家とアルチ=ノヤン家(コンギラト族)やクドカ=ベキ家(オイラト族)など実例を出しながら簡単ではあるが説明した。

併せて,居庸関の雲台の写真も紹介した。

婚姻関係については,かなり受講生にも刺激があったようで,今までで一番興味深く聴講したというような内容のレポートが目立った。

今日で中日(なかび)。講義日程も講義内容もヤマ場を迎えました。

第3回:東洋史特講機米本大学通信教育部)

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日本大学通信教育部の秋期夜間スクーリング。時間は18:20-21:30まで。1日で2コマ分の講義をおこなうスケジュール。

その3日目。

第5講は「大遼と『燕雲十六州』」と題して講義した。

内容は,「燕雲十六州」の研究史を整理し,「割譲」問題と遼にとって「燕雲十六州」がもつ政治的な意味を考察した。

遼が今の北京に置いた,南京析津府の意味を五京関係で紹介した。それから,遼と後晋の創建者・石敬瑭との関係について,彼が遼(大契丹国)より中国皇帝に冊立されるということが聞き慣れないようであった。

また,「征服王朝」論にも言及した。

第6講は「大金・中都の空間構成」と題して講義した。

内容は,金皇帝の政策と海陵王による中都大興府への遷都を紹介するとともに,世宗以降の歴史的変遷と中都の空間構成について考察した。

海陵王後に世宗が上京会寧府に戻ろうとする意見を採用せず,中都にとどまり海陵王が残した問題の収拾にあたるが,一方で女真人が漢人の文明に漢化されることを憂えた。現在の北京の風物詩でもある情景とともに,空間構成を考えた。

第2回:東洋史特講機米本大学通信教育部)

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日本大学通信教育部の秋期夜間スクーリング。時間は18:20-21:30まで。1日で2コマ分の講義をおこなうスケジュール。

その2日目。

第3講は「隊商の民ソグド」と題して講義した。

内容は,シルクロードの交易を担ったソグド人(粟特人)の基本的な情報・知識を知ることから始めた。

ソグド人は,中央アジアのソグディアナ出身(現ウズベキスタン)で,西はヨーロッパから東は中国まで交易のために旅に出て,中国にやってきて定住したものもいた。定住したものは,キャラバン(隊商)でやってくるものに便宜を図り,交易ネットワークを広げていった。第4講で取り上げる安禄山につなげるためのもの。

その後,関連するビデオを見せて感想文を提出させた。ソグドの名を始めて聞く受講生がほとんどで,彼らが帝国を作らず,交易の民として繁栄を極めたことに関心をよせる感想レポートが目立った。

第4講は「『安史の乱』の読み方」。

内容は,本講座の視座のひとつである「一国の一都市史としての北京史」ではなく,「アジアの中の北京史(或いはユーラシア大陸の中の北京史)」としてのダイナミックな波を理解するため,「安史の乱」の別な見方を紹介した。

本講義に限らず,最近の東洋史特講関連の講義では,まず通説を紹介し,その後で「別な見方」を提示している。時間は削られるが,その方が,今まで学んだはずだが高校世界史を忘れたり,世界史を学んでいない受講生にも,違う見方を示した場合(小生の特講ではさまざまな見方を提示するのがほとんどであるが)よく理解してもらえていることを実感している。

授業最後では,特に『安禄山事迹』の「英雄伝説」に着目して書いたレポートの内容が興味深かった。今回秋期夜間スクーリングははじめて担当するが,読み応えのあるレポートが多くて,特にやりがいを感じると思うのは,かつての小生のフィールド(通信教育部[学部]時代は主に夜間スクで単位を取っていた)だったからなのか。

第1回:東洋史特講機米本大学通信教育部)

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今日から12月12日まで全7回でおこなわれる,日本大学通信教育部秋期夜間スクーリングの初日。時間は,18:20−21:35。

知りあいというか,一緒にお酒を飲んだことのある受講生が4−5人いたこと,また,初めての秋期夜間スクーリングということで,大変に緊張して顔がこわばってしまった。いかんいかん。小生が通信教育部の学生だったときは,夜間スクーリングに重点を置いていたので,自分のフィールドに帰ってきたような気がした。しかも今度は講義する側。

第1講は「ガイダンス」。

まずは,「講義内容」「成績評価の方法及び基準」「最終試験」などについて説明した。また,講義の時間について,基本は講義90分+休憩15分+講義90分とすることを確認した。ただし,試験時間については未定で,後日通知することとした。今後の講義の組み立て・進め方を考える上で必要なデータである「受講生記録」を書いてもらった。

それから,「本講義の視座」について解説した。一概に北京史といってもさまざまな捉え方ができるが,小生の講義では遊牧民(モンゴル系)・狩猟民(ツングース系)・農耕民(漢人)の交錯地帯から見ることを確認するとともに,矮小な中国史のなかの北京史では見ないことを申しわたした。

第2講は「急激な変化を遂げる中華人民共和国の首都・北京」と題して講義した。

とは言っても,初日なので前半35分は講義,後半45分はイメージ作りのためビデオを見て,最後はレポートにまとめさせた。

内容は,再開発で失われていく“老北京”について。すでに過去の景色となり,「拆chai4」され失われた北京の伝統文化のいくつかを紹介し,そのまま関連するビデオを見せた。ビデオに登場するキーワードもあらかじめプリントにしておいたので,レポートは内容のあるものがとても多かった。

とりわけ,レポートの中で北京の再開発とかつての東京オリンピック時期との姿を重ね合わせ,自分が恩恵をうけるもととなった(=再開発後の東京)時代に投影させようとしたレポートがあった。是非,この線で深めていただきたいものである。

本日の参加者は第1講・第2講ともに18名。「受講生記録」からは,むしろ東洋史を専門としない受講生が多数派であることから,今後は進め方に一部気を遣う必要があるかもしれない。

来週は学際準備のため休講,次週は11月7日です。

東洋史特講機米本大学通信教育部)[10月24日より開講]

今月24日から始まる,秋期夜間スクーリングの連絡あり。

受講者数と教室が確定した。

 受講者数21名,教室は日本大学通信教育部402講堂。

期間は,10月24日(水)〜12月12日(水)の全7回(10月30日は学祭期間のため休講)。時間は,毎週水曜日の18:20-21:35まで。今回は,イメージ作りが重要なことから,ビデオを多用する予定。

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日本大学通信教育部HP:http://www.cd.nihon-u.ac.jp/

東洋史特講機米本大学通信教育部)[10月24日より開講]

来月24日から始まる,秋期夜間スクーリングの連絡あり。

期間は,10月24日(水)〜12月12日(水)の全7回(10月30日は学祭期間のため休講)。時間は,毎週水曜日の18:20-21:35まで。今回は,イメージ作りが重要なことから,ビデオを多用する予定。

シラバスはこちら。現時点での受講予定者数22名。

夜間スクーリングでの講義は初めてなので,しばらくは,時間配分に手こずってしまうかもしれない。

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日本大学通信教育部HP:http://www.cd.nihon-u.ac.jp/

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管理人プロフィール

出身地:群馬県前橋市

履歴:高校卒業後,日中学院より中国に3年間留学。印刷関連会社勤務を経て,日本大学通信教育部(史学専攻)から日本大学大学院文学研究科史学専攻(博士前期課程)へ。日本大学大学院文学研究科東洋史学専攻(博士後期課程)満期退学。博士(文学)

現職:非常勤講師ほか

専攻:清朝史・満族史・東北アジア民族史・東アジア史及び満洲語文書資料。

タイトルの“tere inenggi”とは満洲語で“その日”という意味です。

現在,歴史学・東洋史・中国語(漢語)・コンピュータ情報リテラシー等の講師をしてます。講義では,できるだけ多様な視座を提供したいと模索中です。

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