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研究(満族史・清朝史・東アジア史)や講義(歴史学・東洋史・中国語[漢語]・コンピュータ)等の備忘録

2007年度講義

定期試験の採点:中国語供米本大学短期大学部:船橋校舎)・中国語供米本大学理工学部:船橋校舎)

日本大学短期大学部(船橋校舎)と日本大学理工学部(船橋校舎)の定期試験の採点を終え,教務課に提出した。

今年度は,過去最多の4クラス220名を担当させていただきました。

学部の試験は先週終了し,本日は短期大学部(船橋校舎)約20名のみだったので,1限終了後に講師室に籠もって採点。とはいっても学部のペーパーはすでに採点済みで通常点を加減して総合点をだした。

講評。

今年度から,中国語検定試験(11月末)を受験して合格した場合,それを反映させる方法を選択した。結果,4クラス220名中50名(準4級49名,4級1名)が合格した。これ自体はとても喜ばしいことであるが,それに安心しきっていたようで,合格者「全員」が試験で失速している。いや悪すぎ。これでは,なんのために年明け後まで講義し,試験したのか分からない。少なくとも,11月下旬の試験後から1月までの2ヶ月の授業が意味を持たなくなる。今年度はマニフェスト通り採点したが,来年度から,反映させる基準は大きく見直す予定。

失速する中検合格者をよそに,その上をいく学生が多かったのは,担当教員として嬉しかった。4クラス中,100点満点が1名,99点が2名,95点が6名出ました。彼らは,中検未受験者です。中検合格者もさらに上の点数を目指すと考えて楽しみにしていたのは,どうやら小生の思い過ごしだったようです。なんか寂しくなりました。

それから,リピーター組はそろって点数良くなかったぞ。猛省せよ(笑)。

以下,平均点(試験問題は異なる)など。

◆1限:短期大学部(電気電子情報コース・数理科学コース)は,平均点68.6点,中検合格者なし。

◆2限:理工学部(物理学科・物質応用化学科)は,平均点70.4点,中検合格者15名(準4級),1名(4級)。

◆4限:理工学部(社会交通工学科・土木工学科・精密機械工学科)は,平均点67.5点,中検合格者19名(準4級)。

◆5限:理工学部(機械工学科)は,平均点73.4点,中検合格者15名(準4級)。

以上です。

なお,これ以上の採点に関する詳しい内容,及び個人的な質問には一切答えませんのであしからず。

定期試験:中国語供米本大学短期大学部:船橋校舎)

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今朝ある夢を見た。本日の定期試験に関するものだった。予知夢というものであろうか。

本日は,日本大学短期大学部(船橋校舎)の試験日。1コマだけでしたが,長い1日でした。

◆1限(試験時間;9:30〜10:30)。受験予定者20名,受験者19名。

無事に試験を終了しました。学生の皆さん,裏面の感想文を読むと悲喜こもごものようですが,いずれにせよお疲れ様でした。

試験監督についてくださった院生は,台湾からの留学生の方でした。先週の助手さん同様,てきぱきと動いていただきありがとうございました。お話ししたところ,どうやら小生と接点があるようです。別な場所でいずれお会いしましょう。

今日も5号館講師室の最初と最後の点灯・消灯(及び空調)をした。

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追試がなければ,今年度の大学での講義・試験関係は終了となるがまだ不明。追試の予定日は,2月14日(木)・15(金)。

定期試験:中国語供米本大学理工学部:船橋校舎)

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講義はすでに終了しており,今日は日本大学理工学部は定期試験日初日とのことで,中国語兇離謄好箸鬘灰ラスおこなった。

1限目の短期大学の試験は来週なので,2限目から出講すればよいのだが,やはりカラダはルーティンどおりに動きたいようで,ほぼ通常通り朝8時過ぎに船橋校舎到着。そうしたら,1限目に短期大学を担当されているほかの先生数名もまた,通常通り出講されて,小生と同じ話をされていた(笑)

◆2限(試験時間;11:10−12:10)は理工学部(物理学科・物質応用化学科)。1023教室。受験予定者75名,受験者74名。

◆4限(試験時間;15:00−16:00)は理工学部(社会交通工学科・土木工学科・精密機械工学科)。1022教室。受験予定者63名。受験者61名。

◆5限(試験時間;16:40−17:40)は理工学部(機械工学科)。1433教室。受験予定者63名,受験者61名。

混乱なく試験を終了しました。理工学部の学生の皆さん,お疲れ様でした。それから試験監督補助で来ていただいた助手の方々(普段は院生だけれど,今回は3コマとも助手),ありがとうございました。小生が何もしなくても,てきぱきと動いていただき感謝しております。

先程,ひととおり解答用紙裏面に書かれた一年間の感想を読み終わりました。書いていただいた学生さん,ありがとう。小生の講義(中国語供砲浪駭叩講読中心なので,筆記時間より口を動かす時間が多かったかと思います。ガイダンスの時にはイヤイヤばかりでしたが,それを結果として楽しめてもらえたようで,来年度の原動力になります。

それにしても,「来年もよろしくお願いします」と書いた学生は,4月からまた来るつもりなのか? 知らんぞ。

今年度から,中国語検定試験(11月末)対策を兼ねた講義にしたが,それもよかったという感想が多かった。今後も中国語や中国文化と関わりたいと書いた方が目立ちましたが,ぜひ。試験監督の帰りに助手さんから伺った話では,理工系で中国語を話せる人材を求められてきているとのこと。

ただ,個人的には,中国語検定試験対策関係での反省点は大きい。やはり,「時間の読み方」までは11月中旬に終わらせたかったし,リスニング試験対策にも力をいれるべきだった。これは来年度以降に反映させたいと思う。

ブログを読んでいると書いてくれたS君ありがとう。読んでいる学生が少なくないという話は耳にするけど,理工学部では,一年で一人ぐらいしかカミングアウト(?)してくれないので,ちょっぴり嬉しいです。

今回の定期試験の心残りは,リスニングができなかったこと。中間試験ではおこなえただけに残念。発音編で時間をとりすぎていたことや中国語の歌などを歌ったせい(これはこれで好評だったようだ)で,だいぶ予定から遅れてしまいました。

薄宏先生ちなみに,この時点まで,全く答案用紙(表側)は見てません(笑)。これからが怖いです。

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日本大学短期大学部(船橋校舎)の定期試験日は,来週2月1日(金)1限目。

写真下は,昼食に牛サイコロステーキ(500円)とお伴させていただいた薄宏先生。写真掲載は,ご本人の許可を得ています。

第26回:中国語供米本大学短期大学部:船橋校舎)・中国語供米本大学理工学部:船橋校舎)[最終講義]

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今朝は,日の出が遅いのか曇っているからなのか,7時直前まであたりが真っ暗でした。いつもと比べて明るくなるのが遅かった気がしたのは小生だけでしょうか。

今年度の最終講義日。

◆1限(9:00−10:30)は短期大学部(電気電子情報コース・数理科学コース)。1121教室。16名。

◆2限(10:40−12:10)は理工学部(物理学科・物質応用化学科)。1041教室。60名。

◆4限(15:00−16:30)は理工学部(社会交通工学科・土木工学科・精密機械工学科)。1033教室。50名(「欠席願」1月11日分1名,11月9日,11月16日,11月30日,12月7日,12月14日,12月21日分1名)。

◆5限(16:40−18:10)は理工学部(機械工学科)。1033教室。49名(「欠席願」12月21日分1名,12月14日,21日分1名)。

いずれのクラスも「総復習」をした。毎回,試験前に必ずおこなう試験と同じフォームを使っての復習と試験対策。短大でひとつ,学部は3クラスでひとつの2パターンを用意(学部の試験問題は,もちろん3クラス違うものを出題する)。一定の時間後,答え合わせ。そして,今年度の講義は終了。

短大は,前期の反省から定期試験の内容をだいぶ解りやすく変更して,学部とはレベル的に分けた。

昼休み,講師室に学生さんが訪ねてきた。中国語検定試験の結果報告だったが,それとは別にいくつか質問をうけた。授業中では,まったくそういう気配はみられないが(確かに会話練習はまじめに取り組んでいた),(中国語との関係において)近い将来の目標があるようだ。そういう話を聞くと,教員側としては個人的にはモチベーションが上がるが,一方でその目標に到達できる授業をしているのか,もっとがんばらなきゃとも思った。その目標が叶うよう応援しています。

講義最終日の今日は,5号館講師室の点灯(朝8時)・消灯(夕方6時半)をしました。

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1月25日(金)2・4・5限 理工学部の期末試験

2月1日(金)1限 短期大学部(船橋校舎)の定期試験

学生のみなさん,試験がんばってください。

 

小生の今年度の大学の講義も,本日で終了。

第25回:中国語供米本大学短期大学部:船橋校舎)・中国語供米本大学理工学部:船橋校舎)

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新年最初の大学の講義。1限前から,専任の郭海燕先生と昨年11月末におこなわれた中国語検定試験で合格(主に準4級)した学生の成績などに関する情報交換。

小生も微力ながらお役に立てている(成績のことではなく)ようで,新年早々楽しく仕事(授業)に取り組むことができた。講義終了後,新たに入手したものは初修外国語研究室に預けておいた。

◆1限(9:00−10:30)は短期大学部(電気電子情報コース・数理科学コース)。1121教室。16名(「欠席願」12/21分1名)。

◆2限(10:40−12:10)は理工学部(物理学科・物質応用化学科)。1041教室。60名。

◆4限(15:00−16:30)は理工学部(社会交通工学科・土木工学科・精密機械工学科)。1033教室。52名(「欠席願」11/30・12/7・12/14分1名)。

◆5限(16:40−18:10)は理工学部(機械工学科)。1033教室。50名。

1限(短大)は,テスト範囲を第7課から第13課までとし,1課分縮小することとした。練習問題「量詞」「日にち・曜日」を終え,本文の訳をつけた。テスト範囲を終了した。

2・4・5限のテスト範囲は,第7課から第14課。1限目同様,第14課どころか第13課を終了していなかったので,急ぎながら講義を進めたが,第14課がそれほど説明を要しなかったので,珍しく早めにテスト範囲を終了した。

今年度は,小生短大(船橋校舎)担当2年目。あえて学部と同じテキストを用いて進めたが,週1コマの短大と2コマの学部とでは,思った以上に理解度に差が開いたことがわかった。断然,短大は少人数なので,大人数の学部とは違うやり方が必要だと感じた次第。

本日は,事実上今年度最後の講義。次週18日は,総復習(試験問題と同じフォームでこれまで学んだ内容を復習するもの),その後,期末試験が予定されている(学部が25日,短大は2月1日)。

本日も,中国語検定試験の結果を知らせに来た学生あり。あらためて多くの学生が試験を受けたことを実感。ギリギリで残念だった学生もそれなりにいて,試験結果をみると,それぞれにドラマがあったようで…。ぜひ期末試験頑張ってください。

5限終了後,5号館講師室で所用を済ませ,午後6時40分過ぎに,暖房と電気のスイッチを消して退室した。

[試験の採点]10月15日(月)〜12月22日(土):東洋史概説MB(日本大学通信教育部)

12月22日に終了した、日本大学通信教育部メディア授業・東洋史概説MBの採点中。

今年度この講座は、全体的に書き込みが少なかった。某講座では、1000以上の応答があったと仄聞するが、その講座は担当の教員が盛り上げられた結果とのこと。教員側の「不断の」地道な努力も必要であると感じた次第。

最終リポートは、須江隆先生(日本大学生物資源科学部準教授)の設問3題から1題、さらに小生の設問3題から1題をそれぞれ選択し、合計2題(それぞれ1600字から2000字)を提出するもの。

インターネットでの講義で対面授業でないため、顔や学習状況を直接見ることはできないが、全12章47話(東洋史概説MBのみ)を、何度見直したのかというデータは残されている。

現在、最終課題である「リポート」、全2回の「理解度チェック」、「受講状況」や「ディスカッションボード」などへの書き込みなどを確認中。シラバスにも出ているとおり、これらを総合的に判断して採点をおこなうが、結構手間のかかる作業である。

まだ採点は途中であるが、今年度の採点は厳しくなることは間違いない。不思議に思うのは、「なぜ講義内容を無視して新たにリポートを書き起こすのか」または「設問を無視した回答をおこなっているのか」ということ。嫌な言い方であるが、リポートを読めば、いかに「手身近に」「手軽に」済ませているのか分かる。聞けば、最終リポート終了90分前でまだググっていた受講生がいたという。まじめに取り組んでいる受講生との差は歴然である。

その一方で、講義内容をきちんと加味して回答していたリポートも少なくなかった(こちら側の回答方法が当然なのであるが・・・)。須江先生と小生とは、お互いが申し合わせた訳ではないが、双方の担当部分に跨った設問も準備していた。これを踏まえたリポートは、採点する側も嬉しい。

以下に、リポート作成で使用した書籍およびウェブサイト(リポート用紙に記載されていたもの、記載されておらず小生自身が見つけ出したものを含む。一部のみ)を備忘録代わりに載せておく。

1.野口鉄郎(編)『資料中国史:前近代編』白帝社、1999年

2.「海のアジアに向かう宋王朝」(『アジア世界の歴史を中国文明の周縁地域の文化から再考察』http://www2.ocn.ne.jp/~bunmei54/chiyokobumei.htm)より

3.「東アジア」(『独学ノート』http://note.masm.jp/)より

4.「4 遼と西夏」(『世界史ノート(中世編)』http://www.sqr.or.jp/usr/akito-y/mokuji02.html「」)より

5.「5 金の侵入と南宋」(『同上』「3 中国社会の変化の北方民族の進出」)より

6.「3 元の中国支配」(『同上』「4 モンゴル民族の発展」)より

7.「世界史猛特訓・第33号」(『the world history』http://www.sekaishi.com/mailmag/sekamo/index.html)より

8.「第38回 東アジアの変動」(『世界史講義録』http://www.geocities.jp/timeway/)より

9.「清」(『ウィキペディア』http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8)より

10.古川秀和「征服王朝の漢化」(宮崎公立大学・田宮昌子ゼミ)

11.「征服王朝」(『ウィキペディア』)より

12.「清朝皇帝の血統」(『愛新覚羅美術館ホームページ』http://www.pressnet.co.jp/aixin/Japanese/home.htm)より

13.「6.中国の火薬庫、『新疆ウイグル自治区』」(『THE TEIKOKU DENMOH SHOW/帝国電網省』http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/index.html)より

14.「中国化」(『ウィキペディア』より)

15.山田辰雄「歴史のなかの中華人民共和国」(大阪外国語大学中国文化フォーラムhttp://homewww.osaka-gaidai.ac.jp/~c-forum/index.htm)より

16.「中華人民共和国ってどんな国?」(『人民元切り上げ問題のまとめ』http://www.beyond-yourself.com/jinmingen/)より

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メディア授業とはインターネットを利用した大学の授業形態の一つ。小生は,昨年度より須江隆(日本大学生物資源科学部準教授)先生と東洋史概説MBを受け持たせていただいている。

利点は,開講時期であれば,?24時間いつでも学習できること,?同じ部分を繰り返し学べることである。教員の解説(文字原稿付)にとともに画像が現れたり,視覚的にも楽しい作りとなっている。さらに,BBS形式の掲示板を利用して,質問を書き込めたり,議論をおこなうことも可能である。

「体験版」もあるので,お時間のある方は体験してみてください。

日本大学通信教育部メディア授業体験版:http://www.cd.nihon-u.ac.jp/media/

日本大学通信教育部メディア授業について:http://media.c-learning.jp/nu/

日本大学通信教育部HP:http://www.cd.nihon-u.ac.jp/

第24回:中国語供米本大学短期大学部:船橋校舎)・中国語供米本大学理工学部:船橋校舎)

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今朝早く,武蔵野線で人身事故とのことで,朝7時前からだいぶダイヤが乱れていた。武蔵野線は,停車駅のアナウンスをしないので,ぼーっとしていると乗り過ごしてしまいかねない。

西船橋のホームで,初めて乗ったらしい女性二人組が通勤途中のサラリーマンに「この駅はどこですか?」と聞いたら,サラリーマン曰く「ニシフナだよ」と答えていた。女性二人は「ありがとうございます」とは言ったものの,ニシフナで分かるのかなぁ。小生が追っていこうとしたが,人混みに流されて見失ってしまった。

◆1限(9:00−10:30)は短期大学部(電気電子情報コース・数理科学コース)。1121教室。15名。

◆2限(10:40−12:10)は理工学部(物理学科・物質応用化学科)。1041教室。59名。

◆4限(15:00−16:30)は理工学部(社会交通工学科・土木工学科・精密機械工学科)。1033教室。54名。

◆5限(16:40−18:10)は理工学部(機械工学科)。1033教室。50名。

1限目(短大)は,第12課「何時?」の練習問題を終わらせ,第13課「明日は何日?」に入った。‘にちと曜日,◆嵳you3」,N婿譯垢弔魍惱した。

2・4・5限目(学部)は,ともに13課「何時?」を学習した。2限のみ少々遅れ気味であるが, 嵳you3」,⇔婿譯垢弔魍惱した。とりわけ,量詞の説明では,教科書に掲載されていない身近な名詞を紹介しつつ例文を出しているが,これも試験範囲なので,一緒に覚えていただきたいと考えている。4・5限目は,練習問題1を終了した。

「狗gou3」が出た余談ついでに「熱狗re4gou3」も紹介した。ウケはいまいちだった。

今日は,量詞の説明がほとんどだったので,板書が多かった。こんなに書くのも滅多にないこと。

本日もまた,中国語検定試験合格者が各クラス10名ほどずつ報告にきた。小生の授業だけでなく,中国語気寮萓犬砲睚鷙陲靴憧遒鵑任發蕕Δ茲Δ謀舛┐拭準4級がほとんどだったが,4級の学生も1名いた。他には,ギリギリ惜しかった学生も報告にきたので,期末試験で頑張るように申し渡した。

年内の講義は本日で終了。次回は1月11日(金)です。その次が18日(金)。この2回で講義が終わり,25日(金)が最終試験です。

最終試験:東洋史入門(日本大学通信教育部)

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講義はすでに終了しており,今日は9時半より10時半まで最終試験。

あらかじめ問題は提示してあるので,時間内では解答用紙に書き写すだけの作業。とはいえ,準備作業が大変であり,先週からいろいろと解答に関する相談が多かった。

でも,受講生のみなさんが自分自身の言葉で纏めてるのをみて嬉しく思いました。

一年間の感想も書いてもらったが,やはり卒論文献目録の作成方法や日本大学法学部図書館での実際の作業などが,現実面での一番の収穫であったようである。それから,明治時代の新聞を読み現代語に書き下す作業もそれに続いていた。

私たちの中国人観(及び朝鮮半島出身者)や,私たちの上の世代(父母・祖父母)の中国人観の根源の一端について,後期で実物の資料を用いながら学習したが,これについては受講生自身の思いが毎回レポートに現れているだけでなく,小生自身が新たに発見することも多く,取り上げてよかったと感じている。

10月15日(月)〜12月22日(土):東洋史概説MB(日本大学通信教育部)

講義及び試験(レポート)が終了した。22日までは復習期間。

提出された受講生のみなさん,お疲れ様でした。

今回が2度目のメディア授業だったが,一部ではあるが解答をみると,今後の変更すべき点がはっきりと出てきた。ひとつは「満漢併用制」,もうひとつは「満洲」の名称について。

特に後者については,教材では,みなさんずい付きの「満洲」となっている。しかし,出された解答用紙では,ワープロソフトを使用するため,デフォルトでは「満州」とさんずい無しで変換されるのをそのまま使用している。

昨年度のメディア授業では,特に通達しなくても,教材にのっとってさんずい付きの「満洲」で解答していたが,今年度はさんずいなしがほとんど。もちろん,付いているものもあるが,毎年違ったことを気づかされる。

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メディア授業とはインターネットを利用した大学の授業形態の一つ。小生は,昨年度より須江隆(日本大学生物資源科学部準教授)先生と東洋史概説MBを受け持たせていただいている。

利点は,開講時期であれば,24時間いつでも学習できること,同じ部分を繰り返し学べることである。教員の解説(文字原稿付)にとともに画像が現れたり,視覚的にも楽しい作りとなっている。さらに,BBS形式の掲示板を利用して,質問を書き込めたり,議論をおこなうことも可能である。

「体験版」もあるので,お時間のある方は体験してみてください。

日本大学通信教育部メディア授業体験版:http://www.cd.nihon-u.ac.jp/media/

日本大学通信教育部メディア授業について:http://media.c-learning.jp/nu/

日本大学通信教育部HP:http://www.cd.nihon-u.ac.jp/

最終試験の採点:東洋史特講機米本大学通信教育部)

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すでに提出済みであるが,2007年度日本大学通信教育部秋期夜間スクーリング「東洋史特講機廚虜療世鮟了した。

最終試験の受験者は17名。

既出であるが,あらかじめ問題を提示しているので,試験当日はそれを確認しつつ解答用紙に書き写すだけなので,準備さえしていればそれほど難しくない。とはいえ,「文字数が1300字から1600字位が望ましい」とその文字数ゆえに,残り10分前になってもまだ半数以上の受講生が残ってペンを走らせていた。

解答内容については,インターネットでのコピペはもちろん認めていないが,それ以前にインターネット上を探しても,コピペできる答えなど載っていないので,そういう意味では安心である。やってもお見通しだけれど。

解答作成については,参考文献の使用を認めており,その際には必ず文末に記すこととしたが,あくまでもそれはこれまでの講義を踏まえた補助的なものであることは言うまでもない。ごく少数ながら,小生の講義内容とかけ離れていたり(教えていないことばかりを羅列したり),視座がまったく異なっていたりしたものもあった。こういうのは減点対象。

小生は,「中国史」の視座から北京を見るなどとは言っていないし,元大都の性格を選択した解答に関して,『周礼』にもとづきつつも,そのなかのモンゴル的な要素を講義したのに,「まったくもって『周礼』の理念を具現化したもの〜」などと書かれるとなんだか悲しくなってしまう。もう少し,毎講義内でのレポートを見て気づくべきでした。

とはいえ,講義した内容をまとめ直し,受講生自身の言葉で解答したものもそれなりにありました。いずれにせよ,すでに採点は終了して提出しましたので,受講生のみなさん結果をお楽しみ(?)に。

第23回:中国語供米本大学短期大学部:船橋校舎)・中国語供米本大学理工学部:船橋校舎)

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天気は良いけど,風が強い日でした。

◆1限(9:00−10:30)は短期大学部(電気電子情報コース・数理科学コース)。1121教室。16名。

◆2限(10:40−12:10)は理工学部(物理学科・物質応用化学科)。1041教室。60名。

◆4限(15:00−16:30)は理工学部(社会交通工学科・土木工学科・精密機械工学科)。1033教室。53名。

◆5限(16:40−18:10)は理工学部(機械工学科)。1033教室。47名。

1限(短期大学部)では,12課「何時?」のPoint1(時間の読み方)の復習,2・3及び本文の和訳をつけた。ただ,本文で少々難しいものがあり,その説明のために時間を費やした。最近は,発音が最近上達しているように感じる。

2限・4限・5限(学部)では,12課「何時?」の本文の和訳を終わらせ,練習問題を指名して解いてもらった。うち,4限・5限は13課「明日は何日?」に入った。「今日・昨日・一昨日・明日・明後日」の中国語を覚えさせると同時に,以前おこなった「今年・昨年・一昨年・来年・再来年」を並行して記して,その違う部分を指摘して,一緒に覚えるようにさせた。

また,発音練習では,「一(yi1)」の声調変化を色つきで示した。途中の練習問題でも事あるごとに板書して,その変化を気にするようにさせた。

4限と5限で,中国語検定合格者が出た。本日届いたとのこと。小生の講義で試験に間に合わなかったところが出題されていることから,学生自身の成果のたまものであることは明らか。聞けば,やはり過去問題を何度も繰り返し練習したとのこと。いずれにせよ,担当教員として素直に嬉しい。

第25回:東洋史入門(日本大学通信教育部)[最終講義]

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第25回は「近代における日中交流と中国人認識(12)」と題して講義した。

今回も写真が多いことから,パワーポイントを使用した。

内容は,ゞ畭綯羚颪寮立に日本が果たした役割のうち教育的な部分について検証した。◆嵎冕ー強運動」後に日本にやってきた中国人留学生について概観した。

,砲弔い討蓮て清戦争後の清国(中国)では,「洋務運動」から「変法自強運動」へと近代化の流れが本格化した。そのなかで,日本へやってくる留学生が年ごとに増加した。その経緯と受け入れの学校・人物について概観した。

△砲弔い討蓮ず能蕕領嘘慇犬脇清戦争翌年の1896年に,清国政府がおくってきた13名の官費留学生に始まる。1904年〜1905年を境に中国人留学生が増加するが,これは主に「西太后新政」及び科挙の廃止によるものであった。張之洞による優秀帰国留学生に対する優遇措置,及び科挙の廃止と日本留学との関係について検証した。

そして,留学生教育の変質と弘文学院(宏文学院)で学ぶ官費留学生と私費留学生との立場の違い,日本人との交流のなかで受けたこと・感じたこと・味わったこと,「祖国」への思いなどを紹介し,清末以降彼らがどのような行動を選択していくのかということに触れて講義を終了した。

孫文については,3限目「東洋史概説」(高綱博文先生)で講義しているとのことで触れませんでした。以上で,今年度の東洋史入門の講義は終了です。次週12月20日は最終試験です。

今年度の東洋史入門は,約3分の1がリピーターで,そのうち約半数が他学部学科専攻の受講生でした。毎週,ご清聴と励ましのコメントをいただきありがとうございました。

第7回:東洋史特講機米本大学通信教育部)[最終日]

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写真は,日本大学通信教育部1号館。

日本大学通信教育部の秋期夜間スクーリング。時間は18:20-21:30まで。1日で2コマ分の講義をおこなう過密なスケジュール。

その7日目。最終日。

第13講は「天安門広場」と題して講義した。

すでに試験内容を提示しているので,最終講義はアジア世界からちょっと離れて,天安門広場について学習した。

中華人民共和国のシンボルとしてメディアに登場する機会の多い天安門広場について学んだ。天安門広場は,故宮の南側にあることから,王朝時代の歴史性と関連づけられて語られることが多いが,実際には中華人民共和国の「聖なる空間」であった。このような,天安門広場について,時期を2つに区切って,清末から現在までの写真を多用して考察した。

授業最後のレポートでは,天安門広場に思い入れがある受講生に関しては,レポートの内容も充実していた。やはり,ほかの講義でも同じであるが,内容やテーマ,切り込み方法などで,受講生自身の記憶と交叉したときに,内容の濃いレポートが完成しているようだ。

第14講は「最終試験」をおこなった。

あらかじめ問題を提示してあったので,受講生はそれを書き写すだけであったはずだが,試験終了時間10分前になっても,半分以上が解答用紙と向かい合っていた。参考文献を利用したものもあり,採点が楽しみである。

試験問題は,3問から1問を選択するもの。それぞれ元・明・清の時代に関することであったが,解答用紙では明が一番多くて半分以上の受講生が選択,残りの三分の二を元,残りが清。永楽帝の人間的な部分が受講生を引きつけたのだろうか,わからん。

今回の夜間スクーリングはこれで終了。受講生のみなさん,お疲れ様でした。いかがでしたか? 小生自身,講義が始まる前には,こういう資料も使用しようとか,こういう説も紹介しよう,などと考えていたりしましたが,完成はいつもギリギリで,結局は思った三分の一位しか実行できませんでした。今回の講義ノートは,以前利用したもののバージョンアップ版でしたが,半分以上は書き直しました。でも毎回のレポートを見て,まだ改良すべき問題点は多いようです。

第22回:中国語供米本大学短期大学部:船橋校舎)・中国語供米本大学理工学部:船橋校舎)

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今日あたりが,一年で一番日没時間が早いそうな。

◆1限(9:00−10:30)は短期大学部(電気電子情報コース・数理科学コース)。1121教室。18名。

◆2限(10:40−12:10)は理工学部(物理学科・物質応用化学科)。1041教室。58名。

◆4限(15:00−16:30)は理工学部(社会交通工学科・土木工学科・精密機械工学科)。1033教室。57名(「欠席願」11月16日分1名。「欠席願」11月16日・30日分及び「遅刻届」12月14日1名)。

◆5限(16:40−18:10)は理工学部(機械工学科)。1033教室。57名。

ともに,第11課を終わらせて第12課「何時?」に入った。

1限では,第11課の課文読みを指名して読んでもらった。その後,練習問題をおこなった。1については,こちらでおこない,2を学生に板書してもらった。第12課の時刻の読み方の途中までで時間切れ。「一刻yi2ke4」「半ban4」「三刻san1ke4」まで。次回は「両点liang3dian3」より。

2・4・5限では,第11課の練習問題を終わらせた。やりかたは1限と同じ。第12課では,pointの1から3を終わらせたが,point1(時刻の読み方)では,特に「差五分三点cha5wu3fen1san1dian3」について,他に例をあげて詳しく説明した。それからpoint3「要〜了yao4〜le5;まもなく〜になる」では,いくつか例をあげて,学生自身が使えるよう,重要な構文として紹介した。

また,数字一(yi1)の声調変化について質問があったことから,それぞれ(yi1+第×声)まとめて板書した。

それから,小生自身が解いて用意した中国語検定試験の解答(準4級のみ)を希望者に配布した。

期末試験日時が発表された。学部が1月25日(金),短大が2月1日(金)で,今年度は別日程。

総合の点数は,テストの点数と平常点とを組み合わせて算出することは,すでにシラバスで通知済みなので,特に減点対象の遅刻・欠席日数の多い学生には頑張っていただきたい。こちらでは,しっかりと欠席・遅刻の回数を控えているのだが,どうやら気づいていない学生も少なくないようだ。

第24回:東洋史入門(日本大学通信教育部)

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第24回は「近代における日中交流と中国人認識(11)」と題して講義した。

講義には写真が多かったことから,パワーポイントを使用した。今年度の昼間スクーリング(東洋史入門)では初めて。

内容は,仝什澆療豕都内における,日清戦争に関連する史跡を数ヶ所紹介し,さらに日本各地の公共施設(学校・神社・仏閣など)を中心にばらまかれた,日清戦争「戦利品」について考察した。

,里Δ腺韻弔蓮崟鑞品」が置かれたある場所(空間)について,そこがいかなる場所なのかを確認し,結果としてその果たした役割について検証した。△任蓮ぁ崟鑞品」を公共施設に保存させたことは,日清戦争での勝利を示した確かな証拠として,「勝利の喜びを広く国民と分かち合う」ためであったが,それ以外にもたらされた影響について2点ほど指摘した。そしてこれらの「戦利品」が,(横浜とは別なかたちとして)その後,日本人の中国人観の形成に大きな役割をはたしたことに言及した。

また,試験問題を提示した。こちらの試験もあらかじめ解答原稿を作成しておいてもらい,当日は書き写していただく。問題は3つの設問からひとつを選び解答する。ただし,事例がそれぞれ複数あるので,全員が異なる回答内容となる可能性も否定できない。楽しみである。

来週(12月13日)が最終講義,再来週(12月20日)が最終試験です。いよいよ,孫文の登場か?

第6回:東洋史特講機米本大学通信教育部)

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写真は,日本大学通信教育部1号館。

日本大学通信教育部の秋期夜間スクーリング。時間は18:20-21:30まで。1日で2コマ分の講義をおこなう過密なスケジュール。

その6日目。

第11講は「清朝と清代北京」と題して講義した。

中国最後の王朝といわれる清朝の支配層の構成員について概観した。清朝は,1636年に満洲人によって建てられ,1644年に中国内地に進出し北京に遷都したといわれる。しかしながら,その支配層は満洲人だけでなく,これまでこの講義で学んできたアジア世界の遊牧・狩猟・農耕民たちの連合体であった。

また,清代北京の「旗人」の習俗及び,満洲的な要素について概観した。清朝は,明代の北京城をそのまま利用したが,入関後には内城にいた漢人をみな外城に移住させ,内城には皇城を警護するように「旗人」だけを住まわせて,漢人との雑居にならないようにした。絵画や写真などをつかって,旗人と民人との違いについて学んだ。

第12講は「北京紫禁城の扁額にみる清朝皇帝の性格」と題して講義した。

清朝の首都・北京(京師)と陪都・瀋陽(盛京)の故宮,そして熱河(避暑山荘)の扁額を見比べて,清朝皇帝がそれぞれの民族に対して,どのように向き合っていたのかを検証した。

テスト問題を発表した。特殊講義に関しては,小生の場合,あらかじめ問題を発表しておいて,家で原稿を準備させるという方法を採用している。読み応え/採点のしがいがあるし,高得点もつけやすい。試験当日は,あっという間に書き終わってしまいそうだけれど,書き写すだけで30分から40分はかかるようです。持ち込みは,自筆のノートのみ(ワープロ可)で,配布物は一切不可。みなさん,がんばってください。

大学到着直前に気がついたが,カンペと×××××を忘れてしまい一瞬焦った。が,覚えていたので,何とか対応した。信濃町に行くときに,急いで出かけたのが原因のようだ。

次週は,前半は講義,後半は最終試験です。

10月15日(月)〜12月22日(土):東洋史概説MB(日本大学通信教育部)

今までになく,多くの質問内容。しかも内容が高度。嬉しい悲鳴を上げる。その返事をようやく書き終えた。

ようやく一息です。

メディア授業は,まだ半月以上あります。頑張りましょう。

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メディア授業とはインターネットを利用した大学の授業形態の一つ。小生は,昨年度より須江隆(日本大学生物資源科学部準教授)先生と東洋史概説MBを受け持たせていただいている。

利点は,開講時期であれば,24時間いつでも学習できること,同じ部分を繰り返し学べることである。教員の解説(文字原稿付)にとともに画像が現れたり,視覚的にも楽しい作りとなっている。さらに,BBS形式の掲示板を利用して,質問を書き込めたり,議論をおこなうことも可能である。

「体験版」もあるので,お時間のある方は体験してみてください。

日本大学通信教育部メディア授業体験版:http://www.cd.nihon-u.ac.jp/media/

日本大学通信教育部メディア授業について:http://media.c-learning.jp/nu/

日本大学通信教育部HP:http://www.cd.nihon-u.ac.jp/

 

第21回:中国語供米本大学短期大学部:船橋校舎)・中国語供米本大学理工学部:船橋校舎)

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午前中は雨が降っていました。明日は12月だというのに。

◆1限(9:00−10:30)は短期大学部(電気電子情報コース・数理科学コース)。1121教室。17名。

◆2限(10:40−12:10)は理工学部(物理学科・物質応用化学科)。1041教室。56名。

◆4限(15:00−16:30)は理工学部(社会交通工学科・土木工学科・精密機械工学科)。1033教室。53名(「欠席願」11月16日分2名,11月9日及び16日分1名)。

◆5限(16:40−18:10)は理工学部(機械工学科)。1033教室。45名。

普段より人数が少ない。他の教室でも同じだったようだ。

4クラスとも,第10課の復習と練習問題をした。第11課「いくつになりました?」の本文とPointを終わらせた。特に第11課は「数の数え方」「年齢の訪ね方」「了le5;〜になった(なる)」という難しいところ。結構疲れたんじゃないですかね。小生も力入れて解説してましたし。

途中,2・4・5限では眠気覚ましに,右手を出させて1〜10の数を数えさせた。皆も乗ってくれて嬉しかった。4・5限は右頁の電話番号の読み方まで終了した。

メールいただいている方々,立て込んでいるため返事が出せずにすみません。

第23回:東洋史入門(日本大学通信教育部)

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第23回は「近代における日中交流と中国人認識(10)」と題して講義した。

内容は,(‖諭吉「脱亜論」の現代語訳を読んだ。日清戦争期における横浜華僑社会について概観した。

,蓮だ莉妓曲犬廼遒餌になってしまい,分かりづらかったとレポートにあったので,もう一度仕切り直し。現代語訳を用いた。「脱亜論」には興味を持った受講生も多かったようで,当時の背景などについてもう少し時間をかければ良かったようにも感じた。

△麓腓1894(明治27)年6月下旬以降,時々刻々移り変わる居留中国人の動き,それから日本政府や横浜中華会館がとった行動など,主に宣戦布告前後に焦点を当てて話をした。また,日清戦争中の商権回復運動にも触れた。この時期の「敵国人」となった中国人と日本人とがぶつかり合った横浜の姿を追った。

やはり身近な横浜の中国人を話題にしているためか,思い入れのあるレポートを書いたものが目立った。

講義終了後,1階ロビーにて受講生の方々とお茶を濁した。

残すところあと2週。こちらも来週テスト問題を発表します。

第5回:東洋史特講機米本大学通信教育部)

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日本大学通信教育部の秋期夜間スクーリング。時間は18:20-21:30まで。1日で2コマ分の講義をおこなう過密なスケジュール。

その5日目。

第9講は「明の永楽帝と北京遷都」と題して講義した。

内容は, ̄奮敖襪北京に遷都した理由を概観した。明の永楽帝は,甥の建文帝を殺して即位し(靖難の変),その後,南京より北京に遷都したと言われる。通説では,甥を殺した負い目から,太祖洪武帝・建文帝の都であった南京をすて,自分の本拠地であった北平(北京)に遷都したといわれるが,その他の北京遷都のとらえ方を先行研究より紹介した。

北京への遷都は,通説では1421(永楽19)年と言われる。しかしながら,この通説は約300年後の『明史』完成後に確立したものであった。また,遷都そのものは永楽帝自身のイニシアチブであるが,そのプロセスは簡単ではなかった。その経緯を資料(正史・実録・野史など)で追った。

北京遷都の理由のひとつとして,南京における政治体制の限界について書かれたレポートが多かった。明朝が成立当初,南京を都としたのは,元朝が残した江南行御史台のハコ・システムをそのまま使ったこと,そして永楽帝の時代には,それでは限界があるので北京に遷都したことに触れていた。ここで,時間半分。

第10講は「明の永楽帝と北京遷都(2)」と題して講義した。

内容は,〜姐屬飽き続き,永楽帝による北京遷都の理由の一端を概観した,大遼・大金以降の南北関係についても触れた。

永楽帝の北京遷都のとらえ方のうち,アジア世界から見た部分については留保してあったので,それを詳しく見ていった。とりわけ,仝機μ世力続性を重視する立場や,多民族国家の形成を重視する立場については,前講を踏まえてさらに説明を加え,永楽帝によるクビライ治世の再現,「南北システム」などを説明した。

一見,明とモンゴルとは厳しく対立していそうに見えながら,経済的な交流は恒常的におこなわれたいたことに言及した。

今週が最後のヤマ場でした。残り2週間です。次週テスト問題を発表します。

第22回:東洋史入門(日本大学通信教育部)

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第22回は「近代における日中交流と中国人認識(9)」と題して講義した。

内容は,福沢諭吉「脱亜論」を読んだ。「脱亜論」は,明治18(1885)年3月16日付日刊紙『時事新報』の社説として掲載されたものである。一般的には,「脱亜論」は「アジア蔑視」などの論理として知られている。

しかしながら,ゞ畴の研究からは,この社説が掲載当時はさほど問題とされなかったこと,∧‖自身がその後「脱亜論」に触れることはなかったこと,戦後になって改めて研究対象となり,否定的なコンテクストで読まれるようになったことをまず学習した。

その後,「脱亜論」が執筆される背景(朝鮮問題)と当時の福沢諭吉の考えを紹介してから『時事新報』に掲載された「脱亜論」を読んでいった。『時事新報』と『福沢諭吉全集』に掲載された「脱亜論」のコピーを使用した。

思っていたよりも分量があり,だいぶ駆け足どころか早口になってしまったところが悔やまれた。

第4回:東洋史特講機米本大学通信教育部)

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日本大学通信教育部の秋期夜間スクーリング。時間は18:20-21:30まで。1日で2コマ分の講義をおこなう過密なスケジュール。

その4日目。

第7講は「大元ウルスと大都の建設」と題して講義した。

内容は,‖臈垠設までの経緯を確認した。クビライ(フビライ)の所領は,現在の西安と六盤山を中心とした京兆府であったが,燕京で自立することとなる。そのいくつかの理由を追った。大都の機能と空間構成について考えた。大都がモンゴル帝国の大都市として機能するための通恵河の開鑿,大都の建設が『周礼』に倣っているように見えながらも異なる部分と皇城部分のモンゴル的要素を見ていった。

配布プリントも資料を含めて12枚と膨大な量であり,話すこともたくさんあったはずであるが,気がついたら早めに解説が終了していた。

第8講は,「遊牧国家の王族と婚姻関係」と題して講義した。

内容は,前講の重要なキーワードであった王族の婚姻関係を検証した。まず人類学よりイトコ(父方イトコと母方イトコ;平行イトコと交叉イトコ)などを紹介し,「交換婚」と「ギブ・アンド・テイク」の関係について説明した。遼の王族・耶律氏と蕭氏,モンゴルのチンギス家とアルチ=ノヤン家(コンギラト族)やクドカ=ベキ家(オイラト族)など実例を出しながら簡単ではあるが説明した。

併せて,居庸関の雲台の写真も紹介した。

婚姻関係については,かなり受講生にも刺激があったようで,今までで一番興味深く聴講したというような内容のレポートが目立った。

今日で中日(なかび)。講義日程も講義内容もヤマ場を迎えました。

第20回:中国語供米本大学短期大学部:船橋校舎)・中国語供米本大学理工学部:船橋校舎)

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いやぁ,寒い寒い。明日朝はもっと冷えるそうな。

◆1限(9:00−10:30)は短期大学部(電気電子情報コース・数理科学コース)。1121教室。17名。

◆2限(10:40−12:10)は理工学部(物理学科・物質応用化学科)。1041教室。61名。

◆4限(15:00−16:30)は理工学部(社会交通工学科・土木工学科・精密機械工学科)。1033教室。57名(「欠席願」11月9日分1名)。

◆5限(16:40−18:10)は理工学部(機械工学科)。1033教室。56名。

4コマともに中国語検定試験の過去問題(準4級)をした。ちょうど11月25日(日)に受験する学生もいるので力試し。授業では学習が間に合わなかった部分も出題されていましたが,どうでした? できましたか?

答え合わせでは,知らない単語・文法に出会っても,正解に一歩でも近づくための方法を紹介した。また,重要な構文などがちりばめられるのが中国語検定試験なので,のちのち便利なように文法構造も併せて紹介した。

ところで,今朝一番で乗り込んで(これは毎回そうだが…)あるプリントを刷っていたら,4枚×200人分=800枚になった。マイペースで1人ずつホチキス止めしていたら,最初Y先生,I先生が朝のお忙しい中仕分けを手伝ってくださった。そのうち,あれよあれよという間に,職員さんと他の先生方まで総勢6名,小生のためにプリント仕分けを手伝ってくださり,あっという間に終了した。小生は若造,先生方は小生より年上ばかり(30代・40代・50代)。畏れ多いことです。

そこに現れた専任の郭先生。曰く「どうしたの?」。小生はただただ平身低頭するのみでした。

手伝ってくださった諸先生方,ありがとうございました。

来週は,勤労感謝の日にて休講。次週は11月30日です。

第21回:東洋史入門(日本大学通信教育部)

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第21回は「近代における日中交流と中国人認識(8)」と題して講義した。

内容は,1877(明治10)年12月の駐日公使の横浜上陸,1874(明治7)年の台湾出兵,1891(明治24)年の清国北洋艦隊の横浜来航について学んだ。

1871(明治4)年に締結された日清修好条規は,双方ともに公使を置くことが条約文にあったが,清国がそれを実施するまでに6年程歳月が必要であった。また,台湾出兵についての話では,琉球人の立場を説明した。これらは,「近代的国際関係」と「華夷秩序」というそれぞれの立ち位置の違いを理解しないといけない。

意外だったのは,近代以前の琉球の「両属関係」について,「初耳だった」という受講生が多かったことである。これは年齢差で偏ることなく,どの世代にも見られた傾向である。日本の台湾出兵やその後の台湾統治理解のために不可欠な話であるが,きちんとまとまったかたちで準備してよかったと思った。

清国北洋艦隊の横浜来航では,また当時の新聞記事を配付した。清国北洋艦隊来航に関する新聞記事は,当時各所に散見できるが,丁汝昌の肖像画が入った『毎日新聞』の記事には,定遠号の近代装備に度肝を抜かれたある日本政府関係者が,饗応そこそこに退散し,日本の第1等軍艦の扶桑をその脚で見学するという「危機感」を描写した記事なども饗応記事と併記されてあった。普段肖像などを掲載することの少ない当時の新聞であるが,丁汝昌の肖像が大きく掲載されていたこと,清国海軍と日本海軍の主力艦とを見やすい表にしたことは,当時の人々の眼を引きつけるに十分であったろう。

受講生にとっても,このような新聞記事のレイアウトには興味を示したようで,最後のレポートにも自分の言葉で多く語られていた。

第3回:東洋史特講機米本大学通信教育部)

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日本大学通信教育部の秋期夜間スクーリング。時間は18:20-21:30まで。1日で2コマ分の講義をおこなうスケジュール。

その3日目。

第5講は「大遼と『燕雲十六州』」と題して講義した。

内容は,「燕雲十六州」の研究史を整理し,「割譲」問題と遼にとって「燕雲十六州」がもつ政治的な意味を考察した。

遼が今の北京に置いた,南京析津府の意味を五京関係で紹介した。それから,遼と後晋の創建者・石敬瑭との関係について,彼が遼(大契丹国)より中国皇帝に冊立されるということが聞き慣れないようであった。

また,「征服王朝」論にも言及した。

第6講は「大金・中都の空間構成」と題して講義した。

内容は,金皇帝の政策と海陵王による中都大興府への遷都を紹介するとともに,世宗以降の歴史的変遷と中都の空間構成について考察した。

海陵王後に世宗が上京会寧府に戻ろうとする意見を採用せず,中都にとどまり海陵王が残した問題の収拾にあたるが,一方で女真人が漢人の文明に漢化されることを憂えた。現在の北京の風物詩でもある情景とともに,空間構成を考えた。

10月15日(月)〜12月22日(土):東洋史概説MB(日本大学通信教育部)

いよいよ,小生担当の後半部分が11月14日(水)午前0時よりスタートした。24時間体制ということと,顔が見えないこと,反応が分かりづらいことで,すこぶる緊張する。

受講生のみなさん,12月22日(土)まで一緒にのりきりましょう。

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メディア授業とはインターネットを利用した大学の授業形態の一つ。小生は,昨年度より須江隆(日本大学生物資源科学部準教授)先生と東洋史概説MBを受け持たせていただいている。

利点は,開講時期であれば,24時間いつでも学習できること,同じ部分を繰り返し学べることである。教員の解説(文字原稿付)にとともに画像が現れたり,視覚的にも楽しい作りとなっている。さらに,BBS形式の掲示板を利用して,質問を書き込めたり,議論をおこなうことも可能である。

「体験版」もあるので,お時間のある方は体験してみてください。

日本大学通信教育部メディア授業体験版:http://www.cd.nihon-u.ac.jp/media/

日本大学通信教育部メディア授業について:http://media.c-learning.jp/nu/

日本大学通信教育部HP:http://www.cd.nihon-u.ac.jp/

第19回:中国語供米本大学短期大学部:船橋校舎)・中国語供米本大学理工学部:船橋校舎)

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先週は学際休講だった。今朝は木々の葉が色づいて,あるものはすでに落ちていた。来週あたり,毎年恒例の栞作りのために葉でも拾いますか。

◆1限(9:00−10:30)は短期大学部(電気電子情報コース・数理科学コース)。1121教室。17名。

◆2限(10:40−12:10)は理工学部(物理学科・物質応用化学科)。1041教室。64名。

◆4限(15:00−16:30)は理工学部(社会交通工学科・土木工学科・精密機械工学科)。1033教室。55名。

◆5限(16:40−18:10)は理工学部(機械工学科)。1033教室。53名。

日本大学理工学部の船橋校舎は,駿河台校舎との関係なのか,午後の授業時間が20分ずれ込んでいるのが特徴。注意しているが,一年にわずかだが混乱してしまうことがある。気をつけないと。

今日は,基本的にすべてのクラスで第10課「専攻は?」をやた(ただし1・2限は,第9課の復習をおこなった)。「疑問詞疑問文」を,疑問詞「口+那na3」「誰shui2;shei2」「什麼shen2me」などを一つ一つ紹介しながら解説した。“的de”+名詞の場合,名詞を省略できることも説明した。

それから,教科書本文の発音練習では,原文の「外語系wai4yu3xi4」を「理工学部」,専攻を学科名に置き換えさせて練習した。今年度の学期末試験は試験期間中での筆記試験と講義時間内での発音練習とリスニングを考えているので,それに備えて自己紹介に関する練習問題を模索中なのです。でも種は播いておかないと。

学部の授業では,「私の専攻は××です。あなたは? 私の専攻は××です」と,同じ専攻だった場合,「也是ye3shi4」を用いることを提案。結構,臨機応変に対応してくれたので嬉しかった。

第20回:東洋史入門(日本大学通信教育部)

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眠い,ひたすら眠い。ネトランゼ。

第20回は「近代における日中交流と中国人認識(6)」と題して講義した。

内容は,明治12年の新聞記事2つを読んだ。とはいっても,現代語訳は前回で終了したので,さしあたり小生が現代語訳したものを準備,読みながら時代背景などを説明していった。演習や卒論で資料をどのように読み込んでいくのかという作業があるが,今回はそれを意識したやり方で講義を進めた。

新聞記事は,「阿片の予防」と「博奕の取り締まり(捕物帖始末)」に関する,横浜での日中「民間交流」を取り上げたもの。

記事には,日本人や西洋人が登場するが,記事でクローズアップされているのはあくまでも中国人。よく読めば理解できようが,そうでなければ,一部の中国人の犯罪が新聞記事になることで,中国人のマイナスイメージが植え付けられてしまうことも事実である。現在にも繋がるこのような新聞が果たす「隠された」役割についても言及した。

本日,昼間スクーリングの学年末試験に関する書類を頂戴した。そういえば,あと5回で本講義は終了,そして試験ですな。そろそろ学年末試験のことも考えなければ。

第2回:東洋史特講機米本大学通信教育部)

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日本大学通信教育部の秋期夜間スクーリング。時間は18:20-21:30まで。1日で2コマ分の講義をおこなうスケジュール。

その2日目。

第3講は「隊商の民ソグド」と題して講義した。

内容は,シルクロードの交易を担ったソグド人(粟特人)の基本的な情報・知識を知ることから始めた。

ソグド人は,中央アジアのソグディアナ出身(現ウズベキスタン)で,西はヨーロッパから東は中国まで交易のために旅に出て,中国にやってきて定住したものもいた。定住したものは,キャラバン(隊商)でやってくるものに便宜を図り,交易ネットワークを広げていった。第4講で取り上げる安禄山につなげるためのもの。

その後,関連するビデオを見せて感想文を提出させた。ソグドの名を始めて聞く受講生がほとんどで,彼らが帝国を作らず,交易の民として繁栄を極めたことに関心をよせる感想レポートが目立った。

第4講は「『安史の乱』の読み方」。

内容は,本講座の視座のひとつである「一国の一都市史としての北京史」ではなく,「アジアの中の北京史(或いはユーラシア大陸の中の北京史)」としてのダイナミックな波を理解するため,「安史の乱」の別な見方を紹介した。

本講義に限らず,最近の東洋史特講関連の講義では,まず通説を紹介し,その後で「別な見方」を提示している。時間は削られるが,その方が,今まで学んだはずだが高校世界史を忘れたり,世界史を学んでいない受講生にも,違う見方を示した場合(小生の特講ではさまざまな見方を提示するのがほとんどであるが)よく理解してもらえていることを実感している。

授業最後では,特に『安禄山事迹』の「英雄伝説」に着目して書いたレポートの内容が興味深かった。今回秋期夜間スクーリングははじめて担当するが,読み応えのあるレポートが多くて,特にやりがいを感じると思うのは,かつての小生のフィールド(通信教育部[学部]時代は主に夜間スクで単位を取っていた)だったからなのか。

第19回:東洋史入門(日本大学通信教育部)

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学際期間中ですが,日大通信の昼間スクーリングだけは休講なく続いております。

第19回は「近代における日中交流と中国人認識(6)」と題して実習をした。

内容は,当時の資料を読む(5)として,明治10年11月の『横浜毎日新聞』社説の「中国人観」を読んだ。

今回の第5パラグラフで最後。つまりまとめの部分。

社説では,この当時すでに始まっていた日本人による「中国人蔑視」の理由を明らかにして,その後欧米人が日本人を蔑視する理由を見ていこうとした。

近代の日中関係は,西欧列強(西洋)による東アジア(東洋)への進出問題に対する東アジア側の対応如何によっては,ともに西欧列強に瓜分されてしまい,日本も中国も共倒れとなってしまう危険性が存在した。ただし,この時期は,その東アジア側の「主導権争い」手前の段階であり,そのようなことは社説では書かれていない。

むしろ「東洋」と「西洋」に拘り,「西洋人が心が驕っているので東洋人が屈辱をうけているというような考え方は,東洋人の『考え違い』であること。また,東西両人種(ママ)の間には数多くの矛盾があるから,東洋人は軽々しく西洋の開化した文化を真似せず,落ち着いて敵わない部分を修得すれば,西洋人でも内面から我を畏敬する心が生まれるようになるだろう」というような結びとなっている。

次週より,通常の講義に戻ります。まだしばらく明治10年代から同27年(日清戦争)前を見ていく予定です。

講義終了後,別な講義の補助をしているMさんと一緒に神田三崎町(日本大学通信教育部校舎)から五番町経由にて新宿駅まで歩いた。

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管理人プロフィール

出身地:群馬県前橋市

履歴:高校卒業後,日中学院より中国に3年間留学。印刷関連会社勤務を経て,日本大学通信教育部(史学専攻)から日本大学大学院文学研究科史学専攻(博士前期課程)へ。日本大学大学院文学研究科東洋史学専攻(博士後期課程)満期退学。博士(文学)

現職:非常勤講師ほか

専攻:清朝史・満族史・東北アジア民族史・東アジア史及び満洲語文書資料。

タイトルの“tere inenggi”とは満洲語で“その日”という意味です。

現在,歴史学・東洋史・中国語(漢語)・コンピュータ情報リテラシー等の講師をしてます。講義では,できるだけ多様な視座を提供したいと模索中です。

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